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受験と私 作家の平野啓一郎さん「法学部で違った発想、論理が身についた」

平野啓一郎さん=東京都千代田区で2017年2月3日、浜名晋一撮影

 京都大学在学中の1999年に「日蝕」で第120回芥川賞を当時最年少の23歳で受賞した作家の平野啓一郎さん。2016年に出版された最新作「マチネの終わりに」は13万部を超えるベストセラーに。そんな平野さんに受験と大学生活の思い出などを聞きました。【聞き手・平野啓輔】

    国語模試に抱いた不満

     高校2年の時に初めて長編小説を書いて、3人に読んでもらったのですが、あまりはかばかしい反応もなく、それで気が済んだところがあったので、受験勉強にいそしもうと思いました。文学は好きでしたが、自分が作家になろうとは考えていませんでした。僕はトーマス・マンという作家が好きで、特に初期の作品は、市民社会と芸術の世界の間で揺れ動く主人公を描いていて、市民社会に対してかなり肯定的な描き方をしているところに共感する部分がありました。文学で生きていくのはどこか浮世離れしていると思っていました。

     僕は母方の実家で育ったのですが、家系が医者、歯医者、公務員と割と堅い仕事が多かったので、真っ当な道に進まないといけないと感じていました。文学が好きなだけに、中途半端に文学部に行くと、こじらせて、ろくな人間にならないのではないかという恐れがあって、なるべく世の中の役に立つ学部に行こうと思いました。理系は好きではなかったので、「法学部にしたら後々つぶしがきく」という理由で決めました。

     京大を受験したのは、高2の進路指導の時に親が担任の先生から「平野は変わっているから、東大ではなく京大に行ったらどうですか」と言われたことがきっかけで、自分でも「俺は変わっているから、京大に行った方がいいかな」と思ったのを覚えています。あと、僕は東京に対してものすごく悪いイメージがありました。特に僕が10代の頃はバブルの真っただ中で、こんな大人になるのは嫌だなとネガティブな感じがあって、京大がかっこいいような変なブランド意識みたいなものがありました。

     受験は地理と日本史で受けようと思っていたのですが、地理が途中からあまりにも面白くなくて、倫理・政経でセンター試験を受けようと切り替えました。倫理・政経は授業がなかったのですが、僕は本をよく読んでいたので、教科書をパラパラと見たらこれくらいのことは知っているから、あとは勉強すればいいなと。勉強も面白かったので、結局は倫理・政経で受けました。

     国語は途中までは成績が良くありませんでした。4択問題でもどれも違うのではないかと感じることがあり、模範解答を見て「こいつ、分かっていないんじゃないか」と問題作成者に対して不満を持つことがありました。そう考え出すと国語はだめなんですね。ある時に問題作成者の意図を読まないといけないと思って、それから成績は上がりました。

    昼夜逆転の学生時代

     (受験のために泊まった京都の)ホテルがボロで、トイレが部屋に付いていない寮みたいな部屋でした。すごく気がめいって、夜に寝て何となく朝に目が覚めてしまって、テレビをつけたらちょうど(リレハンメル)冬季オリンピック(1994年)をやっていました。トーニャ・ハーディングという女子スケート選手が靴のひもが切れたと抗議している瞬間だったんです。これはなんか縁起が悪いなと思ったのを今でも覚えています。

     受かった瞬間はうれしかったですね。これで受験勉強をしなくていいと思うと、せいせいしました。合格の日はうれしくて、「朝までには帰る」と置き手紙をして、家を出ました。何かをしでかしてやろうと(北九州市の)小倉の商店街をウロウロ歩いたのですが、高校生ですから何をして遊んでいいか分からなくて、夕方には帰りました。

     法学部に入ってよかったと思っています。今の時代、憲法や法律は大きな社会問題となっていますが、小説家の人たちの議論を聞いていると、根本的なところを分かっていない人がけっこういる。そういう意味では、文学の内側にずっといるよりは少し違った発想、論理が身につきました。

     法学部では、ハイデガーの研究など西洋政治思想史が専門だった小野紀明先生に知的な衝撃をガツンと受けました。それが大学に行って一番よかったことですね。自分の恩師のような先生と出会えた。もう退官されましたが、個人的に今でもお付き合いがあります。

     一方で、作家としては文学部に行かなかったことに対するコンプレックスも少しあります。文学部に行っていたら誰でも知っていることを知らないのではないかと。それもあって、自己流でよく勉強しました。

     学生時代はバーテンのアルバイトをしていたので、「笑っていいとも!」(平日正午)が始まった頃に寝るような昼夜逆転の生活でした。バイトは午後5時半までに行かないといけなかったのですが、目覚まし時計を見たら、6時になっていたことが2回ほどあって、やばいと大急ぎで家を出たけれども、朝の6時だったということがありました。そういえば、だんだん明るくなってきているなと。それでまた家に帰って寝る、そんな生活でした。

     ギターをずっとやっていて、軽音サークルで五つくらいバンドを掛け持ちしていました。僕が学生の頃はよく酒を飲んでいましたね。あれは暇だったからです。学校が終わって家に帰ったらすることがないですから、その辺で飲むことばかりでした。今思えば、あの時間は膨大な無駄ですよね。

     京大は楽しかったのですが、将来のことを考えると不安でした。俺はいったい何をしたらいいのか、俺は何なのかということを考えて、悶々としていました。いろいろ考えて、自分はどうしても文学の世界に行きたいと思うようになって、大学1年の終わりから小説を書いたりしていました。東京にいると出版社は近いし、知り合いをたどっていくと編集者にたどり着く可能性がありそうな気がしますが、京都にいると東京の出版社は遠い世界で、どこからどうアクセスすればいいのか分からなかった。コネがある人もいない中、どうやったら作家になれるのか、とても難しくて、とにかく原稿を送ろうと考えました。

     就職活動については、(デビュー作の)「日蝕」の原稿がはしにも棒にもかからないのであれば、しないといけないと思っていました。正直、作家になれなかったら何をしたらいいのか分かっていませんでしたね。

    暇な時間をどうやってつぶすかに工夫がある

     今の子供たちは小さい頃からとても勉強していて大変だなと思います。東大や京大出身の友達に子供の頃の話を聞くと、みんなボケッと遊んでいたと。3歳の時から英語を勉強したというようなことも聞かない。小学生の時から高校生の問題を解いている子供もいるらしいけれども、放っておいても高校になったら解ける問題を早くやることに意味はない。それよりも子供の時に経験しないといけないことは他にある気がします。親からすると、ボーッと遊んでいるように見えるから、不安になるのかもしれないけれども、子供の時にやったことの記憶や感情生活は今の自分にとって大きいような気がしています。

     僕は子供には暇な時間をなるべく与えることが大事だと思います。その時間をどうやってつぶすかに自分なりの工夫がある。僕は親が働きに出ていたので、幼稚園の頃、休みの日は朝から晩まで一人でずっと砂場で遊んでいました。今、自分の子供を見ていたら、とてもそんなに長時間一人で遊べないから、よく飽きずに遊んでいたなと。それが今の仕事に結びついているように思います。一人で放っておかれても平気、むしろ気が楽なくらいです。習い事に引っ張り回されて、あれをやれ、これをやれと言われていたら、小粒な人間になっていたような気がします。

     僕が学生の頃はインターネットもそこまで普及していなかったので、一人になって考える時間がたっぷりあってよかったです。生きていく上で学ばなければならないことはあって、高校までの学生生活と社会人になってからの間に大きなギャップがあるので、大学時代はその緩衝材、トレーニングの時期として、とても意味があると思います。だから僕は大学生に厳しくするのは反対ですね。自分がほったらかしてもらったことに対して、良い思い出がいっぱいある。そういう時間が今の学生にもあった方がいいと思います。


    平野啓一郎さん『マチネの終わりに』(毎日新聞出版)

     ひらの・けいいちろう 作家。1975年、愛知県蒲郡市生まれ。北九州市で育つ。京都大法学部卒。99年、京大在学中にデビュー作「日蝕」で芥川賞。2004年、文化庁の「文化交流使」として1年間パリに滞在。美術、音楽にも造詣が深く、幅広いジャンルで批評を執筆する。14年、フランス芸術文化勲章シュバリエ受章。主な著作は小説「葬送」「決壊」(芸術選奨文部科学大臣新人賞)、「ドーン」(ドゥマゴ文学賞)、「空白を満たしなさい」。エッセー・対談集も「私とは何か 『個人』から『分人』へ」「『生命力』の行方~変わりゆく世界と分人主義」など多数。毎日新聞に連載した長編小説「マチネの終わりに」がベストセラーに。

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