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<記者の目>農産物 セシウム検査縮小案=小島正美(生活報道部)

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放射性物質を測る検査室をもつ福島県郡山市の農産物直売所「ベレッシュ」=小島正美撮影 拡大
放射性物質を測る検査室をもつ福島県郡山市の農産物直売所「ベレッシュ」=小島正美撮影

鍵は福島の現状理解

 福島県など東日本の17都県で行われている農林水産物の放射性物質の検査について、国は1月末、「人が栽培管理する農産物では基準超えがほぼなくなり、検査を効率化する時期に来た」と検査を縮小する指針案を示した。福島では、生産者は出荷時に全品目の検査を受けており、「検査を縮小したら、消費者がどう反応するか心配だ」と戸惑っている様子だ。検査の縮小は科学的にも理にかなっていると思うが、生産者が戸惑うのは、福島の農産物の現状が消費者によく知られていない問題があるからだ。

 今月半ば、福島県郡山市にある民間の農産物直売所「ベレッシュ」を訪れた。地元の新鮮な農産物がたくさん並ぶ中、透明なガラスばりの検査室が見える。担当者はキャベツやピーマンといった農産物を切り刻み、放射性セシウムの量を測る。地元の生産者はここへ農産物を持ち込み、品目それぞれが基準以下であることを確認して店に並べる。

 国は食品のセシウム残留基準値を1キロあたり100ベクレルと定め、検査では、測定可能な最も低い数値(測定下限値)を25ベクレルに設定している。ベレッシュではさらに厳しい20ベクレルの自主基準を設け、それ以下のものしか販売しない。運営する武田博之・専務取締役は「もはやセシウムが検出されない(測定下限値以下の)状況になっているが、そのことがなかなか分かってもらえない。それでも、測ることで大丈夫ですと説明できる意義は大きい」と話す。

 直売所で農産物を売り、野菜ソムリエの資格をもつ藤田浩志さんに聞くと「検査を縮小してもよいくらいに安全になっていると思うが、私たちの力ではそれを消費者に伝えることが難しい」とメディアの情報発信に期待を寄せた。

野菜などの99.8%、ほぼ検出されず

 では福島の現状はどうなっているのか。国の指針に基づき、2011年から17都県で行っている過去5年の検査結果によると、14年度と15年度は野菜・イモ類、果実類、麦類、肉類、卵、原乳、茶で100ベクレルの基準値超えはなく、99・8%は25ベクレル以下だった。野生のキノコやイノシシなどの獣肉、淡水魚を除き、人が栽培管理する農産物ではほぼ検出されず、安全といえる状況だ。17都県の検査費用は5年間で人件費を除き計約40億円だった。

 一方、福島県が独自に実施する福島産の米では、出荷される米の全袋を12年から検査している。15年8月20日から今年2月8日までに出荷された約1050万袋の検査結果で基準値超えはなく、99・99%が25ベクレル未満だった。検査費用は年間約50億円もかかるが、すべて東京電力の賠償金でまかなっている。賠償金とはいえ、電気料金の形で消費者に降りかかってくる部分もある。福島産の米はいまだに震災前の価格に戻っておらず、県担当者は「信頼が得られるまで検査を続ける」と苦しい胸の内を明かす。

 また、福島県による16年度の学校給食モニタリング検査で給食3486食分を検査した結果、セシウムは各食とも1キロあたり1ベクレル未満しか検出されなかった(16日現在)。

科学的安全でも不安抱く消費者

 こうしたデータを見る限り、農産物のリスクは極めて低い。この結果を受け、国は「検査をしているから安心という段階から、リスクの低減に応じて、検査を効率化する段階に来た」と判断。17年度から、直近の過去3年間で基準値の2分の1(50ベクレル)以下になった農産物があれば、各都県の判断で検査対象品目から外すこともできるという指針案を考えた。

 国は今年に入って、福島、東京、大阪で消費者との意見交換会を開き、指針案を示した。福島、大阪ではおおむね賛成の声が多かったが、東京では消費者団体から「まだ安心できない」と検査続行を求める意見が目立った。

 安全・安心と風評被害問題に詳しい東京大学大学院情報学環・総合防災情報研究センターの関谷直也特任准教授が昨年実施したアンケート結果によると、福島県内の人は約9割が米の全袋検査を知っているが、県外では約半分しか知らなかった。さらに、福島産農産物からセシウムが検出されなくなってきたことを知る県外の消費者は約2割と少なかった。関谷さんは「今のままなら、検査の縮小は時期尚早だ」と話し、まずは広く福島の農産物の現状を知らせることの重要性を説く。

 科学的には安全でも、安心できない消費者がいる状況にどう対処すべきか。以前からリスク研究者を悩ませてきた問題だ。仮に検査を縮小しても、残留農薬の基準違反を見つけるような従来のサンプリング検査は今後も続き、その検査でセシウムの基準値を超えたかどうかも分かる。国は検査の効率化を進めるにせよ、福島の現状をもっと広く知らせる努力を続けるべきだ。

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