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金正男氏殺害 <VX 現場で合成か>の1面トップに疑問

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 紙面審査委員会は、編集編成局から独立した組織で、ベテラン記者5人で構成しています。読者の視点に立ち、ニュースの価値判断の妥当性や記事の正確性、分かりやすさ、見出し、レイアウト、写真の適否、文章表現や用字用語の正確性などを審査します。審査対象は、基本的に東京で発行された最終版を基にしています。指摘する内容は毎週「紙面審査週報」にまとめて社員に公開し、毎週金曜日午後、紙面製作に関わる編集編成局の全部長が集まり約1時間、指摘の内容について議論します。ご紹介するのは、その議論の一部です。

<3月3日>

■金正男氏殺害 <VX 現場で合成か>の1面トップに疑問

 幹事 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(キム・ジョンナム)氏(45)がマレーシアで殺害された。2月25日朝刊1面トップは<VX 現場で合成か/正男氏毒殺 専門家指摘>だった。実行犯の女性2人はなぜ無事だったのかを取材した結果だろうが、見出しに「か」と付けざるをえない記事が1面トップであることに違和感を持った。

 前文には「マレーシア警察は24日、遺体の顔から取ったサンプルで猛毒の神経剤VXが検出されたと発表した。実行犯とされる女2人の被害が軽かったことから、反応してVXになる毒性が低い2種類の薬剤を別々に運び、現場で混合させてVXを発生させた可能性を指摘する声も上がるが、実際に可能かは不明で謎は深まる」とある。VXを合成した可能性より、実際にはできない可能性が高いような印象を受ける。

 2面の関連記事にも「常石敬一・神奈川大名誉教授(生物化学兵器)は『正男氏の顔の前でVXを合成させることは可能性としてはあり得る』と話す。一方、沼澤聡・昭和大教授(毒物学)は『現場でのVXの合成は可能だが水溶液が必要』とし『正男氏の顔で合成することは化学の常識では考えにくい』と述べ、専門家の間でも意見は分かれる」とあり、確かに謎は深まる。1面トップで<VX 現場で合成か>と載せれば、読者はその可能性が極めて高いと受け止めるだろう。読者をミスリードするものではなかったか。25日朝刊の後、「VXガスは現場で合成」に関する言及がないのも気になる。

 27日朝刊1面には<「監視カメラ停止」誤信か/手配の男ら 空港下見し確認/正男氏殺害>という記事が載った。「マレーシア警察に指名手配されている北朝鮮国籍の男たちが、事前に空港を下見した際、監視カメラの稼働状況を尋ね『動いていない』旨の回答を聞かされていたことが、北朝鮮に詳しい情報機関関係者の話で分かった。本当のことは相手に言わないマニュアルに沿った回答で、このためグループは警戒を緩めた可能性がある」とある。「警戒を緩めた」が具体的にどういうことなのか分からないが、監視カメラが稼働していてもしていなくても今回の犯行は実行されたと思うのだが、どうだろう。

 司会 1面トップの扱いについて情報編成総センター(見出し・扱いなどの編集担当)と監視カメラのことも含めて外信部に聞きたい。

 編集部長 猛毒のVXが使われたことについては24日夕刊に一報が載った。事件直後にテレビなどがVXの可能性を報じていたが、正式に発表したので朝刊でも1面、できればトップで掲載したいと思った。最終版まで扱いを考えたが、続報に新事実がなかったこともあり、見出しに「か」の入る内容だった。最後まで迷いながら編集した。

 司会 外信部。

 外信部長 犯行の詳細はまだわかっていない。VXの合成については、マレーシアの捜査当局の1人が本紙記者に話した。VXが使われたと発表されていて、しかも実行犯は素手だったということなので、実行犯がなぜ無事だったのかを取材する中で、VXの合成説と、原稿にもある解毒剤の投与という情報も入手した。捜査当局の人が本紙にだけ証言した内容だった。ただ、捜査当局が証言しても、専門家から見て不可能だったら原稿として成り立たない。化学兵器に詳しい人の談話を2面に載せたが、考えにくいと言う人と、あり得るという人がいた。この原稿を載せようとしていた時にアメリカのロサンゼルス・タイムズも同じような記事を流したので、こういう情報があるというレベルでも報じておくべきだと判断した。翌日、ニューヨーク・タイムズも独自ニュースの扱いで報じた。殺害方法については起訴段階では触れられていなかったが、初公判では出てくる思う。監視カメラについてだが、「監視カメラが稼働していても実行されたと思う」というのは何か根拠があるのか。

 幹事 根拠はないが、あそこまで人をかけて実行したのだからそう思った。

 外信部長 監視されているのがはっきりわかっていて実行するというのもちょっとおかしい感じはする。

 幹事 空港には監視カメラがあると理解していないだろうか。

 外信部長 だから前の日に聞きに行ったのではないか。

 幹事 聞きに行っても、カメラが作動していないということは信じない気がする。

 外信部長 それだったらなぜ聞きに行くのか。

 幹事 監視カメラを含めた下見だったのではないか。

 外信部長 聞きに行ったというのは気にしているからではないかと思うが。

□よかった 日米メディア規制を伝える1面

 幹事 2月26日朝刊1面を見た知人が「日米ともに大変なのね」というメールを送ってきた。トップが<経産省 取材限定ルール/異例の全執務室施錠/面談は会議室 内容を広報室に報告><「情報公開に逆行」>、その左の2番手には<米政権 10メディア排除/記者会が抗議声明>と25日夕刊の続報を並べた。問題意識が伝わってくる作りだと思った。

 <経産省 取材限定ルール>は、2月27日から原則として庁舎内の全執務室の施錠を開始する経済産業省が決めた取材対応の新ルールに関する内部資料を入手したという特ダネ。これまでは、省内のほとんどの執務室は開放され、室内で取材を受けており、管理職以外の職員も取材に対応し、広報への報告もほとんどなかった。ところが2月27日からは、全執務室を施錠し、職員以外入室を禁止。外部訪問者との面談は執務室外の会議室で行うことをルール化。取材対応は管理職(課長・室長級)以上に限定したうえ、メモを取る職員を同席させ、取材内容を広報室に報告するよう求めている。さらに幹部らの自宅周辺の約束なしでの取材は原則受け付けず、やむを得ず取材を受けた場合も広報室に報告を要請している。霞が関官庁を取材した経験からするとかなり異常だ。経産省は幹部の夜回りは原則受けつけないというから、まるで「匿名情報源」を批判するトランプ大統領みたいだ。

 28日朝刊経済面によると、「報道各社は27日、施錠や新しい取材対応ルールについて事前説明がなかったことに抗議し、撤回を求めた」というが当然だろう。撤回に追いこんでほしい。

 司会 扱いについて情報編成総センター、経産省を担当している経済部に聞きたい。

 編集部長 経産省の取材限定ルールの初報は21日朝刊経済面で掲載したが、あまり目立たなかったので、1面で大きく扱った。隣にCNNテレビなどをトランプ政権が排除したという記事を載せ、合わせ技でより一層効果が出せた。経産省の取材規制と米政権のメディア排除とどちらがトップか考えたが、アメリカのほうは夕刊から載っていたので、経産省をトップにしてよかった。

 司会 経済部。

 経済部長 情報編成総センターが的確に扱ってくれたことと、社会部が識者談話の取材で協力してくれたことで問題提起ができた。経産省の記者クラブがこの後2回クラブ総会を開いて撤回を求めている。施錠だけでなく取材対応の時にメモ取りのために同席して、全部広報室に報告しろというのがルール化されているが、そんなことやったら、情報発信することで政策を磨いていく経産省の存在意義にかかわるということで、取材される側の経産省職員も怒っている。世耕弘成経産相はその後の記者会見で施錠はやめないと言ったが、「取材時のメモ取りは広報室のアドバイスであって強制力はない」と微妙に姿勢は変わってきている。経産省はマスコミ対応はちゃんとやる、広報はむしろ充実させると言っているので、それが本当なのかチェックしていく。マスコミに対する外部からの厳しい目については自覚しつつも、全省庁に広がらないように引き続きウオッチしていきたい。

 幹事 実際にカギがかかっているのか。

 経済部長 電子錠がかかっている。職員の持っているICカードがなければ開かない。記者は電話でアポイントを取って、職員に開けてもらうことになる。

 幹事 電子錠は付けたのか。もともとあったけど施錠してなかったのか。

 経済部長 新たに電子錠を付けた。

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