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<絶滅種の復活なんてお金の無駄遣いではないのか>三浦慎悟・早大教授に聞く(下)

1988年、中国四川省チベット族自治州で絶滅危惧種、クチジロジカを調査する三浦教授

 野生復帰とは、絶滅した種が再び野生で自立して生きていけるように、私たちが可能な範囲で最大限努力して、もう一度生息環境をつくり直すことだ。しかし、生物が生きられる環境を取り戻すということは、これまで築き上げてきた便利な暮らしを失うことではないのか。さらにいえば、子育て支援や格差是正など、野鳥よりも優先順位の高い事業はたくさんあるのではないか。トキとコウノトリの野生復帰に詳しい早稲田大学人間科学学術院人間環境学科の三浦慎悟教授に、三つ目の質問をしてみた。<絶滅種の復活なんてお金の無駄遣いではないのか>。【まとめ・青木浩芳】

 

 トキやコウノトリを大空によみがえらせることは、ロマンティシズムや地域おこしにとどまらない意義がある。それは、私たちや未来の子供たちが健やかに安全に暮らせるよう、人間と生物の関わり方を見直すことだといえるだろう。

 人間を含めて、すべての生き物はお互いに影響し合い、環境とも関わり合いながら生きている。微生物からゾウやクジラまで、あらゆるサイズの生命が相互依存しながら、生命は環境に、環境は生命に働きかけ、生態系という循環システムをかたちづくっている。人間は生命からも環境からもさまざまな恵みを受けてきた。太陽の光や水、酸素、食料、さらには気候や風土にはぐくまれてきた衣食住のスタイル=文化などだ。

 人間は自然資源を利用しながら生きている。人間が活動する以上、生態系の循環を一部傷付けることは避けられない。しかし、自然資源は取り尽くすことなく、持続可能な状態に保たなければならない。人間は今、生態系の循環を根底から破壊するところまで突き進んでしまっているおそれがある。

 農作物を大量生産するための化学肥料。土壌に栄養を与えることで一時的に収量は上がるが、多用することで土壌の微生物を減らし「土をつくる」という生態系の基盤を損ねてしまう。たとえば殺虫剤。ネオニコチノイド系薬剤とミツバチが姿を消しつつあることの因果関係が指摘されており、欧州連合(EU)では規制されているが、日米ではまだ使われている。植物の受粉を媒介する“益虫”の命まで奪うことで、植物の生育にも影響が出てくる。いずれも、数年で劇的な環境悪化を引き起こすというわけではない。しかし、ミツバチがいなくなった先には、住めなくなった地球しか残らないのではないだろうか。

 人間の、過剰な、根こそぎの自然利用に対して、トキやコウノトリは絶滅することで問題提起をした。トキやコウノトリの野生復帰は、価値観の見直しに挑む取り組みでもあるのだ。

2008年、中国海南島で地元研究者とともにハイナンジカの生息地を調査する三浦教授(右)

 高度成長期、全国規模で、食糧増産のために中山間地域まで水田が整備され、木材供給のために人工造林が進んだ。ニホンジカやツキノワグマなどは生息域を分断化され、餌場も失い、なかなか観察できない希少種になっていった。わずか半世紀前のことだ。

 ところが、農林業の担い手が過疎化、高齢化によって減少し、中山間地域の人のにぎわいは急速にすたれて、山間の水田や里山が放棄されていった。高度成長期に山奥まで拡大した人間の居住域は、再びニホンジカやツキノワグマ、ニホンザルなどの分布域に組み込まれていく。希少種は一転、有害鳥獣と化し、農林業に被害をもたらすばかりでなく、人間に直接危害を及ぼすケースも後を絶たない。

 自然との緊張関係を保ち続けることができれば、種を根絶させずに、農林業被害も一定の範囲内に抑えることができるはずだ。しかし、日本では今、人間が力負けしてしまって自然から撤退している。その結果、シカやクマなどに対する人間のまなざしが、希少種から有害獣へ、たった半世紀で急速に変わってしまった。

 高度成長期以前、農村には日本の風土を生かし自然を有効活用するノウハウがあった。ところが自然林を伐採してせっせと植林したのに今はシベリア材を輸入しているし、機械化のためほ場整備された水田の多くが宅地や耕作放棄地と姿を変えている。先人たちに伝えられてきた自然と共に生きる知恵を、私たちの世代で断絶させるのはもったいない。小さな面積であっても、土地に寄り添い、自分たちが食べる分だけを作るような農業をもっと奨励してもいいのではないか。

 農薬や化学肥料のおかげで安い穀物や野菜などが供給されてきた。肉や魚も安い輸入品がスーパーに並んでいる。「安い」「おいしい」というだけで、食料を他の国に依存しているのが私たちの現状だ。自分たちは何を食べているのか、果たして安全なのか、という意識を持つべきだろう。その先には、安くはないけれど、トキやコウノトリが踏んづけたかもしれない有機減農薬米を選んだり、中山間地で少量ながら生産されている野菜や果物を取り寄せたりする選択も生まれる。

 野生復帰は、多くの生物を滅ぼしてきた「人間の倫理観」の問題であるとともに、私たちや未来の子供たちの「安全」をもう一度考え直すきっかけでもあるのだ。

 人間は自然資源を利用しなければ生きてゆけない。社会生物学の権威、エドワード・オズボーン・ウィルソンは「生物にはくみ尽くせない価値=功利的な価値がある」と述べている。一度失われた自然資源を復活させる取り組みを通して、自然の“一網打尽型の利用”を改め、自然を計画的に末永く利用する方向へかじを切ることが重要なのである。(おわり)

三浦慎悟(みうら・しんご)

 早稲田大学人間科学学術院人間環境学科教授。理学博士(京都大学)。1948年生まれ。東京農工大学大学院農学研究科修士課程修了。兵庫医科大学医学部、森林総合研究所、新潟大学農学部を経て現職。前日本哺乳類学会会長。著書に「日本の哺乳類」(共著、東海大学出版会)、「哺乳類の生物学④ 社会」(東京大学出版会)、「ワイルドライフ・マネジメント入門」(岩波書店)など。動物行動学、野生動物保全管理学を専門とし、フィールドワークで明らかになる野生動物の生態や行動を、保全と管理に役立てることをライフワークとしている。

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