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八角墳土台、固めて補強 大規模造成

奥の墳丘から約50メートル手前の試掘抗から見つかった版築跡=明日香村教委文化財課提供

 斉明天皇が被葬者であることが確定的な7世紀後半の「牽牛子塚(けんごしづか)古墳」(奈良県明日香村、国史跡)で、古墳の周囲が約50メートルにわたって土で強固に固められていたことが村教委の発掘調査で分かった。同古墳は尾根上に石を敷き詰めるなどして造られている。墓を造る際、石の荷重に耐えて斜面の崩落も防ぐように大規模工事を施したとみられる。村教委は18日の報告会で成果を発表した。

     同古墳では2010年、墳丘の裾を長さ最大約60センチ、厚さ約30センチの切り石で覆った八角墳と確認され、数々の土木工事で知られる斉明天皇の墓とほぼ特定された。

    牽牛子塚古墳を南側から見た断面イメージ図

     大規模造成の跡は村教委による16年9~11月の調査で確認された。古墳は尾根の先端に造られ、墳丘から北東約50メートルの谷の斜面の発掘で、土を重ねて突き固めた「版築(はんちく)」の跡を確認した。北東約25メートル地点でも同様の跡があった。版築の厚さは数メートルに及ぶ可能性があり、尾根上の墳丘が崩れないよう補強したとみられる。

     同古墳は巨石をくりぬいた石槨(せっかく)を持ち、墳丘表面や周囲を切り石で飾ったとみられる。相当な荷重が掛かるため、周囲の谷底から尾根上まで強度のある版築を施したらしい。古墳は飛鳥中心部に向けて開けた位置にあり、村教委は「周囲からの見やすさなど、この場所にこだわる理由があった」と推測している。

     八角墳の周囲を発掘した例は極めて少なく、今尾文昭・関西大非常勤講師(考古学)は「墳丘以外の部分も含めて陵墓の範囲を考え直す材料になる」と話している。【矢追健介】

    牽牛子塚古墳の位置

    牽牛子塚古墳

     ひつぎを入れた石槨(せっかく)の周りに巨大な切り石を並べ、さらに墳丘表面も石で覆う八角の特異な構造。7世紀後半に築造された飛鳥時代の天皇陵の特徴とされ、石槨内の墓室は間仕切りして二つある。斉明天皇と娘の間人皇女(はしひとのひめみこ)を合葬したと記す日本書紀と合致し、斉明陵とほぼ確定している。斉明天皇は舒明(じょめい)天皇の皇后で、天智、天武両天皇の母。石を用いた大規模土木工事を好んだと伝わる。

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