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紋章直径1メートル、他船より小さく 測量で判明

戦艦大和の艦首部を復元した模型の前で説明する戸高一成・大和ミュージアム館長=広島県呉市宝町で

 太平洋戦争末期に鹿児島県沖で沈んだ日本海軍の戦艦「大和」の艦首に付けられた菊の紋章が、約1メートルだったことが、広島県呉市が昨年行った潜水調査で分かった。紋章に関する資料は残されておらず、正確な大きさが分かったのは初めて。同市海事歴史科学館(大和ミュージアム)の戸高一成館長は「重装備かつコンパクトな大和の設計理念が紋章の大きさに表れている」と分析している。これらの潜水調査での成果は、26日から同館1階大和ホールで開かれる企画展で紹介される。【山田尚弘】

     呉市は昨年5月、鹿児島県枕崎市沖の水深約350メートル付近で無人潜水探査機で調査し、約7000枚の写真と約50時間分の映像を撮影。菊の紋章について同館は、1999年にテレビ局の潜水調査での映像から紋章の直径を約1.5メートルと結論づけていたが、メジャーを当てるなどの測量を行った結果、直径約1メートルと判明した。当時の大型艦は軍の規格で直径1.2メートルとされていたが、戦艦大和はそれよりも小さかった。

     戸高館長は、呉海軍工廠(こうしょう)造船部で大和の設計を担当した故・牧野茂さんを取材した際、「大和は巨艦と言われるが、あれだけの装備を小さくまとめた点を評価してほしい」と言われたという。大和は、世界最大の46センチ主砲が9門あるなど高い戦闘能力を備える一方、全長263メートルと他国の主力戦艦より短かった。

     戸高館長も「当時の日本は、他国にはまねできない技術を持っていたことは確か。小さくしようとする設計理念が紋章にも表れた」と推測する。

     今回の企画展では、艦首部を幅約5メートル、奥行き約2メートルの範囲で原寸大に復元した模型を展示する。菊の紋章に、元々あった金箔(きんぱく)の一部が残り、灰色だった船体が腐食で茶色に変色した現状のほか、99年には水中に立っていた艦首部が、今回の調査時には、長年の水圧などで海底に横たわっている様子を再現した。戸高館長は「戦争を伝える遺跡として大和が海底に眠っているのだと目で見て感じてもらえると思う。技術の使い方を誤れば悲劇を生む結果を考えてほしい」と話す。

     企画展では、調査で撮影した60枚の写真を散りばめたパネル26枚のほか、文書・現物資料22点などが展示される。艦橋部の設計原図のほか、死没した乗組員の故郷の町長宛てに45年8月25日に送られた「戦没者ノ通報」の写しなど初公開の資料もある。戦艦大和の存在は戦後でも極秘事項だったため、通報の写しには、「配属していた艦船部隊名は一切漏らしてはならない」旨が書かれている。企画展は11月27日まで。

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