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施行から70年の日本国憲法 前を向いて理念を生かす

 全20巻に及ぶ昭和万葉集は、戦前から戦後への激動期を、人びとがどんな感覚でくぐり抜けてきたかを伝える貴重な記録集だ。

     1947年5月3日に施行された新憲法はこう詠まれている。

     <やけあとのつちもめぶきてあをみたりほこなき国をはるふかみつつ>(金田一京助)

     「ほこなき国」とは「武器を持たない国」を指す。焦土に残った木々の緑が深まる中で平和憲法が誕生した情景を歌ったのだろう。

     それから70年。日本国憲法はきょう古希を迎えた。

    民主主義の裾野広げる

     現行憲法の源流は、敗戦直前に日本が受諾したポツダム宣言にある。

     「基本的人権の尊重」「平和的傾向の責任ある政府の樹立」などの要求がそれだ。明治憲法は抜本的な改革が避けられなくなっていた。

     日本政府は独自に改憲試案を作成したものの、旧憲法の修正にとどまっていた。このため、連合国軍総司令部(GHQ)民政局のスタッフ25人が原案を書き、実行を迫った。

     このように現行憲法がGHQという圧倒的権力の下で制定されたことは疑いようがない。

     それでも私たちは、戦後日本の建設にこの憲法が果たしてきた役割を高く評価すべきだと考える。

     理由の第一は、民主主義の裾野を格段に広げたことだ。

     国家を支配する最高の力、すなわち主権が、天皇から国民に移った。憲法による最大の変化だ。

     言論の自由や生存権は、永久に侵せない基本的人権として保障された。法の下の平等原則によって男女同権が社会規範になった。憲法施行に先立ち、46年4月の衆院選からは婦人参政権が実現している。

     第二は、廃虚から経済を復興させる礎になったことである。

     民主化政策に伴う国民所得の平均化は国内の市場規模を拡大させた。55年時点で8・6兆円に過ぎなかった名目国内総生産は、72年に早くも10倍以上に膨張している。国民生活は明らかに豊かになった。

     さらに特筆すべきは、平和国家としての自己像を定着させたことだ。

     時々の国際情勢に応じて日本の安全保障政策はさまざまな圧力にさらされたが、憲法9条は一線を越えないよう引き戻す力になってきた。

    混じり合わない水と油

     防衛力の整備を最小限に抑え、国家資源を経済に優先投入する路線は、憲法制定時の首相・吉田茂によって敷かれた。

     国際政治学者の高坂正尭(こうさかまさたか)は「完全非武装論と憲法改正論の両方からの攻撃に耐え、論理的にはあいまいな立場を断固として貫いた」と吉田の現実主義を肯定的に評している。

     この憲法は誕生してから一度も改正されていない。世界の近代憲法の中で極めて珍しいことだ。

     しかし、そのことは憲法をめぐる政治状況が健全であることを意味しているわけではない。

     まず、基本的な憲法観についての深い断絶がある。

     自民党は、自主憲法の制定を主眼に結成された。その思想の根底には、意に沿わぬ憲法を無理に保有させられたという屈辱感がある。

     そして現在、この「押しつけ憲法」論を最も濃厚に引き継いでいるのが、安倍晋三首相だ。

     他方で復古的な保守への反作用として、憲法には一切手を触れさせまいとする原理主義的な護憲勢力があった。戦前の軍国主義に対する嫌悪感が出発点になっている。

     この両者は永遠に混じり合わない水と油のように反目し、憲法に対する冷静な議論を妨げてきた。

     憲法を全否定する姿勢も、憲法を神聖視するのも、極論である。

     特に隔たりが著しいのは、9条と日米安全保障条約のとらえ方だ。

     戦争放棄と戦力不保持を規定した9条は、戦後体制の産物だ。これに対し、安保条約は東西冷戦という新たな国際環境が産み落とした。

     両者は日本の安保政策にとって表裏一体の関係にある。ところが、異なる時代背景を持っているため、運用にあたっては著しく複雑な論理を必要としてきた。

     この結果、9条は解釈変更が繰り返され、集団的自衛権行使を容認した安保関連法の審議過程では、国論を二分する論争に発展した。

     さらに現行憲法の構造的な特質として、法律に対するグリップ力の弱さを指摘しなければならない。

     典型は92条だろう。地方公共団体に関して「地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める」と規定しているだけで、具体的な内容は法律に任されている。

     もしも「地方自治の本旨」とは何かが踏み込んで定義されていれば、米軍普天間飛行場の移設をめぐる政府と沖縄県の対立は異なる展開になっていたかもしれない。

     ケネス・盛・マッケルウェイン東京大准教授の研究によると、ドイツ基本法(憲法)は地方分権の記述が3割を占めるのに対し、日本の憲法は全体の3%に過ぎないという。

     憲法は国家の根本原則を定めたものだ。どこまでが憲法領域で、どこまでが法律領域かは、国によって異なる。ただ、統治の基本ルールを憲法に明示していなければ政府の恣意(しい)的な行動を招く可能性がある。

    国際主義を深化させる

     安倍政権の長期化が見込まれる中で、憲法論議はまったく新しいステージに上りつつある。すでに衆参両院で改憲を容認する勢力が3分の2以上を占め、自民党は改憲項目の絞り込みを目指している。

     衆参の憲法審査会では、大災害の発生など緊急事態時に国会議員の任期延長を例外的に認める条項や、地方の人口減少に対応して参院議員を都道府県の代表に定義し直す案などが、検討対象に挙がっている。

     時代の変化に合わせた統治ルールの修正はあってもいい。

     だが、自民党の改憲論には「手始めに」の狙いがついて回る。任期延長などを導入部として本丸の9条改正に迫る思惑が透けて見えるため、議論が堂々巡りになってしまう。

     結局は、主要な与野党間で9条についての共通理解が必要になる。

     まずは憲法論議をより前向きなものにしていくために、国際協調主義の深化を訴えたい。

     自国エゴに基づく防衛論を主張したり、逆に日本だけ軍事と無縁であればいいと考えたりせず、国際平和を追求する中で9条の今日的なあり方をとらえ直すことだ。

     南スーダンの国連平和維持活動(PKO)から陸上自衛隊が撤収すれば、部隊での日本のPKO参加はゼロになる。

     21世紀に入り、PKOは武力を使ってでも住民保護を優先する流れが強まっている。9条の平和主義を維持しながら、日本がどう世界の安全に貢献するかは、苦しくても答えを出さなければならない課題だ。

     海洋国家・日本の生命線は、世界との平和的なつながりである。現行憲法の役割を、グローバルに発展させることで、後ろ向きの「押しつけ論」から脱却できるはずだ。

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