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スポーツ庁長官と語る 2020への決意:鈴木大地×平野美宇 48年ぶりメダル獲得の道のり

卓球のラケットを手に対談する平野美宇(右)と鈴木大地スポーツ庁長官=東京都千代田区で2017年6月8日、佐々木順一撮影

スポーツ庁長官と語る 2020への決意

鈴木大地×平野美宇 48年ぶりメダル獲得の道のり

 来月24日で2020年東京五輪の開幕まで3年となる。大舞台での活躍を誓う選手たちは日々、強化の現場で試行錯誤を続ける。どうすればうまくなれるのか。どうすれば強くなれるのか。1988年ソウル五輪競泳男子100メートル背泳ぎ金メダリストで、スポーツ庁の鈴木大地長官が東京五輪に向けてアスリートが語り合う新シリーズ「長官と語る 2020への決意」の初回のゲストは、今月の卓球の世界選手権(ドイツ・デュッセルドルフ)女子シングルスで銅メダルに輝いた平野美宇(エリートアカデミー)。日本勢として女子シングルスで48年ぶりとなるメダル獲得までの道のりを振り返った。対談には日本卓球協会の宮崎義仁強化本部長も同席した。【構成・田原和宏】

    感じた中国選手の本気

     ――48年ぶりとなる価値あるメダル獲得。戦いを振り返って。

     平野 今回は4月のアジア選手権(中国・無錫)で優勝していたので自信があった。絶対にメダルを取りたいなと思って、この1カ月間、練習してきた。本当にメダルが取れてほっとしています。

     鈴木 おめでとうございます。確かアジア選手権では(リオデジャネイロ五輪女王の)丁寧選手に勝った。

     平野 はい。(3人の)中国選手に勝ちました。この1カ月は世界選手権に集中するために合宿をして、中国選手が対策してくるのは分かっていたので、そのために練習してきたのですが負けてしまいました。

     鈴木 アジア選手権の丁寧選手とは違った?

    平野美宇にスポーツ庁への要望を聞く鈴木大地スポーツ庁長官=佐々木順一撮影
    卓球の練習や中国での思い出などを語る平野美宇=佐々木順一撮影

     

    平野 そうですね。自分の対策をしてきました。今までは中国選手にそんなに勝ったことがなかったので、あまりライバル視されていませんでした。(アジア選手権の優勝は)ノーマークだったので、相手も驚いていました。今回は相手も対策をしてきて、ライバルと思われた。そこが違いました。気持ちの面も、以前は相手は余裕を持っていた。今は1点も譲らないという感じで。

     鈴木 そういうのは感じる?

     平野 感じます。昔は(中国選手の)表情も普段通りというか、強い選手と当たる時と、私と当たる時では違うなと感じました。私と対戦する時は少し余裕があるなって。それが悔しかった。今回はすごい気迫で向かってきた。全然違いました。中国選手も本気だなと思いました。

     鈴木 今まで油断していた部分もあったが、今回は本気。ライバルとして見てくれた。

     平野 それはいいことだなと思います。負けたことはだめだが、なかなかライバルとして見てもらうのも大変。中国は一番強いので、その一番のライバルと見てもらえるだけでもよかったかな。昔の自分からすれば。

     鈴木 昨年の今ごろはどうでした。

     平野 世界選手権も出られなかった。(団体戦の日本代表の)5人にも入れなくて全然だめだった。5人にも選ばれなかった私が(1年後に)メダルを取るなんて(当時は)思いもしなかった。

     鈴木 昨年、(平野選手は補欠として)リオ五輪の会場にいました。僕らも会場で応援していたが、申し訳ないが気づかなかった。

     平野 そうですよね(笑い)。4番手だから。

     ――リオ五輪では他の選手の練習相手を務めた。出場できない悔しさが、その後の活躍につながった。

     鈴木 日本の選手たちは団体で銅メダルを取った。どう思いましたか。

     平野 その時はサポートしていたので、練習相手をしていたので、皆さんが力を発揮してメダルを取れたことはすごくよかったなとほっとしました。でも、その場に自分がいる可能性がありました。選考で落ちた私がだめだし、悔しいなと思いました。

     鈴木 それがバネになりましたか。

     平野 バネになりましたね。勉強させてもらったし、悔しい気持ちもありました。

     鈴木 それでも応援しながら世界のプレーを見ることができた。

     平野 そうです。普段は自分の試合に集中しているので、他の選手の試合や行動を見ることがあまりありません。その時は自分の試合が1カ月間なかった。代表になれる選手の試合や行動を見て、選ばれる人と落ちる人の差に気づかされました。

     宮崎 リオ五輪の前に美宇にリザーブ(補欠)で行くかどうか確認した。十分に練習できないし、期間も長い。すぐに、行きますと返事した。

     平野 その時はうれしかった。最初は4番手でも行けるだけで華やかなイメージがありました。4番手でも一応、選手みたいな感じがあったので、行きたいな、選ばれたいなと思いました。行ったら全然違いました。

     鈴木 練習相手となる4番手は誰が行ってもいいのですか。

     宮崎 基本的には強化で選ぶが、実力的には(平野選手は)4番目なので。

     鈴木 ただの練習相手で終わらなかった。そこがすごいね。いろいろな世界の選手を見たりね。観察眼があった。選ばれる選手と選ばれない選手の差は。

     平野 意識が違いました。私は結構甘いなと。意識が甘くてこれでは選ばれないと思いました。

     鈴木 どこに甘さを感じましたか。

     平野 選ばれる選手は試合を命懸けというか、本当に勝つために戦っている。それなのに、私は楽しく試合をしてそれで勝てればいいかぐらいにしか思っていなかった。選考の時もみんなは絶対にリオに行くという思いでやっていたと思いますが、私は選ばれたらいいかなという思いでした。それでは絶対に選ばれないなと思いました。

     鈴木 この1年の成長。アジア選手権がポイントになりましたか。この1年間の頑張りもあると思いますが。

     平野 高校生になってから本格的にトレーニングするようになり、リオ五輪後のワールドカップ(W杯)で優勝することができました。その後から変わりました。

     鈴木 トレーニングというのは。

     平野 ウエートトレーニングを始めてパワーが付きました。

     鈴木 卓球選手もやるんですか。

     平野 やりますね。スクワットとか、ラットプルダウン(広背筋を鍛えるためのトレーニング)とか。重りも持って。

     鈴木 卓球の練習は何時間ぐらい。

     平野 普段、卓球は5時間。トレーニングが1時間か1時間半ぐらいですね。卓球は朝2時間、午後3時間。試合前には、私は結構練習するタイプなので、朝の9時から夜9時まで卓球場にいたりします。

     鈴木 すごいですね。

    差を感じた中国スーパーリーグ

    卓球のラケットを手に笑顔を見せる平野美宇(右)と鈴木大地スポーツ庁長官=佐々木順一撮影

     ――成長のきっかけには昨年、中国のスーパーリーグに参戦したことも大きい。

     鈴木 中国にはいつ?

     平野 リオ五輪が終わり、W杯が終わってからすぐ。10月半ばから11月後半まで。

     鈴木 外国で長期間、練習した経験は?

     平野 初めてです。いつもは1週間ごとに国が変わったり、長くても3週間ぐらいなので。1カ月以上、一つの国にいたのは初めてです。

     鈴木 卓球王国の中国に1カ月。そこで何を学び、何を感じましたか。

     平野 中国との差を感じましたね。W杯で優勝した直後だったので。W杯は中国以外の世界のトップ選手はほぼ出ていて、それで優勝したんですよ。だから、自分のなかでは自分は強くなったかなと思いましたが、中国に行って全然通用しませんでした。優勝の余韻に浸れなかったというか、すぐに負けた。本当に違うなと。

     鈴木 中国では何戦も戦った?

     平野 そうですね。リーグ戦で団体戦なのですが、ホーム&アウェーで試合があって飛行機で転々と。試合して飛行機に乗って移動しての繰り返し。チームのメンバーは同じだが、対戦相手は毎回変わって。

     宮崎 スーパーリーグは中国の大きな企業がチームを組み、企業同士で対戦します。美宇が在籍したのはオルドス1980。内モンゴルの衣料品の企業が遼寧省の代表選手を抱えている。

     鈴木 本場の中国の卓球。世界選手権とはまた雰囲気が全然違うのでは。

     平野 違います。中国選手ばかり。観客も中国人が多いんですが、卓球が人気なので、日本人もすごく温かく受け入れてくれました。

     鈴木 日本人の平野選手ではなく、内モンゴルのチームの平野選手ということで応援してくれるのですか?

     平野 分かりませんが、日本人ということで応援してくれる方が結構います。中国人なのに。うれしかったです。

     鈴木 五輪に行くと、中国系の方の応援がすごいじゃないですか。いつもアウェーな感じなのかなと思いましたが。

     宮崎 福原愛(ANA)の効果もあると思います。福原がスーパーリーグで試合をしていた時期もあったので。福原のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)もすごく見られている。美宇は福原の次の日本人だという感じ。

     鈴木 どうですか。次の愛ちゃんということでしたが。

     平野 いや、顔のかわいさが全然違うので。

     鈴木 ははは(笑い)。そんなことないですよ。

     平野 そんなことあるんですよ(笑い)。すごくかわいい。尊敬です。最近は試合をお休みしているのでお会いしてないですが、リオ五輪の時は優しくしてもらいました。お姉さんみたいな感じです。

     鈴木 卓球の世代が若返りましたね。

     平野 日本の卓球界を作ってくださったという感じです。すごいです。

    同世代のライバルがいたからこそ

    鈴木大地スポーツ庁長官に卓球の世界選手権で獲得した銅メダルを見せる平野美宇(右)=佐々木順一撮影

     ――世代で言えば、今回の世界選手権では同世代の伊藤美誠(スターツ)、早田ひな(福岡・希望が丘高)の2人もダブルスで銅メダル。2000年生まれの3人が結果を出しました。東京五輪の主力として期待させる世代です。

     鈴木 2000年生まれと聞いて驚きました(笑い)。自分だけが強いのではなく、同級生が活躍している。どうですか。

     平野 この世代はすごく強くて。この世代に生まれてこない方が目立てたのかなと思いましたが、いま考えるとやっぱり同世代のライバルがいたからこそ強くなれました。恵まれているし、よかったと思います。

     鈴木 先輩でもないし、後輩でもない。

     平野 みんな同い年ですから。そこはすごい刺激をもらえます。

     鈴木 ライバルだけど、いろんな話もできる。気兼ねなく。

     平野 はい、そうです。今回もみんなメダルを取ることができたので、これからも切磋琢磨(せっさたくま)していくのかなと思います。

     ――14年仁川アジア大会は平野選手が先に日本代表入り。15年世界選手権は伊藤選手が8強入りする活躍を見せて、16年リオ五輪でも団体銅メダル。すると平野選手がW杯優勝、今年の全日本選手権で史上最年少優勝。

     鈴木 ライバルと抜きつ、抜かれつでやっているわけだ。

     平野 そうです。はい。

     鈴木 いいですね。そういう関係を持てたというのはラッキーなことですね。

     平野 いま考えると、そうだなと思います。

     ――スーパーリーグでは普段のツアーと違い、中国の選手と生活をともにした。中国選手から3勝(8敗)を挙げることもできた。

     平野 中国選手は壁というか、今も中国選手がチャンピオンです。以前は中国選手と当たるだけで怖いなとか、次は強いからだめだと思ったりしたのですが、一緒に団体戦を組むことで中国選手の中身を知ることができました。中国選手も緊張するんだとか。そういうことを感じることができたので、中国選手と対戦することが怖くなくなりました。相手も同じ人間なんだなと思えるようになったのが一番大きかったです。

     鈴木 中身を知ることができたと。例えばどういうところですか。

     平野 団体戦を組んで緊張している姿を見て、話をして同じ人間だと知ることができました。今まではロボットのように強かったから。

     鈴木 そういうの大事なんだね。

     平野 そう感じられたことで怖さがなくなりました。それでアジア選手権で優勝することができました。

     鈴木 その時は何語で話を。

     平野 中国語で話し掛けてもらったのですが、結構教えてくれました。みんな優しかったので。中国語も頑張って覚えたのですが、あまり深いところまで話せなかったので。中国人のコーチに、難しいことは通訳してもらいました。卓球の戦術も教えてくれて、すごい勉強になりました。新鮮で、ありがたかったです。

     鈴木 日本人の考え方にはない戦術とかありました?

     平野 考え方というよりも、中国選手は頭の回転が速いと感じました。普段は中国選手と対戦するのは半年に1回か3カ月に1回。負けて帰って、中国選手は強いなと思って、また3カ月後に当たってまた負けて。でも、スーパーリーグでは1カ月半で11試合。すぐに反省を生かすことができました。

     鈴木 反省を生かせるわけだ。チームメートからはどんな言葉を。

     平野 すごく応援してくれて心強かった。最初はあまり成績も残せなかったので迷惑を掛けるし、全然戦力にならないなと思いました。途中から応援してくれたり、監督さんからも認めてもらったりしてほっとしました。

     鈴木 スーパーリーグに参加できたのはいい刺激になりましたね。

     平野 参加しなかったらいまの自分はいないかなと思います。

     鈴木 外国人の選手も結構来るんですか。

     平野 ほんの少しですね。

     宮崎 チームには外国人枠がありますが、中国選手よりも強い外国人が少ないので。男子は10人ぐらい来ていましたが、女子は3、4人ぐらいですね。

     平野 何かの縁があったりとか、外国人のトップじゃないと受け入れてもらえなかったり。参加してもあまり出してもらえない。ベンチみたいな。

     鈴木 それは監督が決めるの。平野はベンチみたいな。

     平野 はい。やっぱり中国選手を出したほうが勝てるじゃないですか。だから、参加してもベンチにしか入れないとか、ダブルスだけとか。私は結構出してもらえたので、そこはチームの監督に感謝しています。それでも、最初は捨て駒みたいな感じで(笑い)。最後は信頼されて使われるようになり、うれしかった。最初はエースとぶつけて負けてもいいから思い切ってと言われましたが、最後は体調がすぐれない時でも向こうから出て、出てと言われてすごくうれしかったです。

     鈴木 わずか1カ月で成長したわけですね。大事な試合は平野に行けと。

     平野 最初は戦力になるかわからない状態の成績だったので。本当に感謝しかありません。

     鈴木 ところで平野選手はエリートアカデミーに入ってどれぐらいですか。

     平野 5年目です。

     鈴木 競技を超えて同年代がいたりしますね。いろいろ話をしたりするのですか。

     平野 そうですね。たまに話したりはします。NTC(ナショナルトレーニングセンター)なので、アカデミー生以外でも、競泳の池江璃花子ちゃんと今度ご飯行こうとか。

     ――エリートアカデミー事業を含めて選手強化の支援にあたるのがスポーツ庁。選手側からNTCやアカデミーについて要望はありませんか。

     鈴木 どんどん言ってください。

     平野 えっと……。あんまりないです。施設もすごく良いですし、コーチもつけてもらっています。

     宮崎 中国のスーパーリーグに参戦できたのは、国の独立行政法人、日本スポーツ振興センター(JSC)で「有望アスリート海外強化支援」事業というのが始まり、それを日本卓球協会が獲得して、美宇と張本智和(エリートアカデミー)を指名した。それで平野はスーパーリーグに家庭教師も含めて派遣することができた。

     平野 ありがとうございます。

     鈴木 とんでもないです。きちんと結果を出してくれました。

     平野 本当にそこからですからね。そこから一気に成績を出せるようになった。ありがとうございます。

     宮崎 たぶん、この事業は20年まで続くから。

     鈴木 ははは(苦笑)。この事業は効果的なんですかね。

     平野 (張本と)2人とも結果を出すことができたので。家庭教師を呼んでもらえたりとかすごく助かりました。

     鈴木 勉強のほうですよね。1日5時間も練習して、いつ勉強するの?

     平野 1日練習の時はそうですが、学校に行く時は午前中勉強しているので、そこで全部終わらせるように頑張っています。

     鈴木 通信教育も学校に行くのですか。

     平野 はい。時々は。土曜日が中心ですが。

     鈴木 勉強は好きですか。

     平野 昔は好きでしたが、中学の時は(通信制ではなく)一般の学校だったので、どうしても勉強が遅れてしまいます。そこから分からなくなって。できなくなるとね。楽しいですけど大変です。

     鈴木 中国選手も同じような生活ですか。

     平野 そうですね。中国選手も学校はたまになので。そういうところは似ているかもしれません。

     宮崎 海外には家庭教師を連れていけるので夜1時間、必ず勉強させています。

     鈴木 そういう競技以外の人と接するのは、気分転換にもなるのでは。

     平野 (勉強以外の時は)よく雑談しています(笑い)。家庭教師は女性が多いので。コーチは男性が多く、女性があまりいません。海外に行くと、家庭教師さんと話をする機会が増えます。

     宮崎 美宇ぐらいの選手になると(海外ツアーを転戦するため)年間40日ぐらいしか学校に行けない。公立中学が1人の選手のために特別なプログラムを組むのは難しい。高校は家庭教師を連れていけるのでいいのですが……。

     ――東京五輪まであと3年余り。

     鈴木 トップと差は縮まってきましたが、まだ差があると感じるわけですよね。どのあたりで感じますか。

     平野 中国選手と9―9までは行く。11点先取なのですが、そこからが勝てない。

     鈴木 いいところまでいくが、あと1点、2点が届かない?

     平野 そうなんです。差は縮まっている、あと1点、2点だから縮まっているというけれども、そこの差で負けているのだと思います。

     鈴木 その差は何でしょうか。中国選手の執念、それとも経験?

     平野 経験とか、頭の回転。

     鈴木 そこをどうにか詰めて、どうにか追い越していかないといけない。

     平野 中国選手と試合するのは大切。今回は負けてしまったが、アジア選手権は3人に勝てました。できないことはありません。自分ならできると思います。また中国リーグに参戦して成長し、東京五輪で金メダルを取れるように頑張りたい。

     鈴木 卓球は素人ですが、中国選手は体が引き締まっている感じがしました。

     平野 中国選手は結構、走っています。日本選手はあまり走らないですが、そういうところですかね。強いですね、筋肉とか。

     鈴木 平野選手のラリーの(テンポの)速さ、(映像を)早送りしているのかなと思うぐらいすごいですね。あれは中国選手よりも上回っている自信があるのでは。

     平野 速さでは上回っていると思います。劉詩?という今回3位の選手は(テンポの)速さが特徴で、その選手を目標にしています。丁寧選手には勝っていると思いますが、他の特徴があります。人それぞれです。

     鈴木 世界のトップになろうと準備や練習をしたことが土壇場で自信になる。これだったら負けないとかいうものはありますか。

     平野 あまりトップと思って練習はできないので、できたらいいなとは思いますが、普段から自分の心と闘っています。

     ――今年になって発言が自信に満ちたものになりました。

     平野 昔は人に遠慮するというか、人に合わせてしまう性格だったので。試合中は相手に勝つことだけしか考えてはいけないのに、動揺して相手のことを考えてしまった。そういうものをなくして考えることが変わると発言も変わるのかな。

     鈴木 自覚ができたということ?

     平野 本は読むようになりました。松岡修造さんの本にある「二重人格は素敵だ」という言葉が心に残ったり、卓球の水谷隼選手(木下グループ)の本を読んだり。

     ――世界のトップになった人に質問はありますか。

     平野 五輪の決勝は緊張しますか。

     鈴木 緊張しますね。五輪は2回しか出ていませんが、初めはリレー種目で決勝に出て、緊張して頭が真っ白になり、その経験が生きました。4年後の個人の決勝はもう経験もあり、緊張しているが余裕のある緊張で、緊張と余裕のバランスがいい感じ。それでも足はぷるぷる震えていた。でも、周りを見る余裕もあったし、ライバル選手はもっと緊張しているのが分かって、勝てるかもしれないなと思いました。

     平野 ありがとうございます。五輪で優勝された方の考え方は参考になります。

     ――世界選手権はあまり緊張していないようにも見えました。緊張はどう克服?

     平野 今まで優勝候補と言われることが少なくて、アジア選手権は誰も優勝すると思っていなかったので気が楽だった。今回は最初からメダル確実とか言われ、そんなに簡単なことじゃないのにと思いましたが、周りの声も気にせずに自分だけに集中したらメダルも取れたのでそこは良かったと思います。東京五輪でも優勝候補と言われるぐらいの実力がないとチャンピオンにはなれないので。いつも練習だと思っています。


    すずき・だいち 千葉県出身。競泳背泳ぎ選手として1984年ロサンゼルス、88年ソウルの五輪2大会に出場。順天堂大卒業後に米コロラド大ボルダー校客員研究員、ハーバード大ゲストコーチなどで留学を経験。2007年に順大で医学博士号を取得し13年に順大教授、日本水泳連盟会長に就任した。15年10月、スポーツ政策を一元的に担うスポーツ庁が発足し、初代長官の座に就いた。

    ひらの・みう 山梨県出身。3歳で卓球を始め、10歳で2011年全日本選手権女子シングルスで勝利し、伊藤美誠(スターツ)とともに福原愛(ANA)の史上最年少勝利記録を更新した。「みうみま」の愛称で親しまれたダブルスは、14年のグランドファイナルで日本勢初優勝。昨年はリオデジャネイロ五輪代表を逃すも、その後はシングルスで躍進。昨年10月に女子W杯を初制覇し、今年1月の全日本は16歳9カ月で史上最年少優勝。4月のアジア選手権も日本勢として21年ぶりに制した。現在、自己最高の世界ランキング7位。