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<その174> 父の遺志=城島徹

朗読する井上麻矢さん

 作家の井上ひさしの三女で劇団「こまつ座」代表の井上麻矢さんが、「平和の尊さを次世代に伝えたい」という父の遺志を受け継ぐ朗読と講演を続けている。強い個性ゆえの衝突の末、父との雪解けを迎えた娘にとって、それは大切な「喪の作業」でもあるという。

     「大切な人をなくした、すべての人へ」。その思いを込め、父の劇作になじみ深い東京・紀伊国屋ホールで今春、麻矢さんが朗読「母と暮せば」と講演「父・井上ひさしと私」の催しを開いた。映画監督の山田洋次さんとの共著となる小説の朗読は学校にも出向いて行っていると聞いていた。

     この小説は長崎への原爆で犠牲となった医学生が幽霊となり、生き残った母と心を通い合わせる物語だ。山田監督が製作した同名の映画の脚本をもとにしており、麻矢さんに執筆を促した山田さんは「あなたは喪の途上にあるんだよ」と何度か口にしたという。

     「私は浩二さんの妻です。それでよかです」「ダメよ、そがんことはダメ。あなたが結婚して幸せになることを浩二はきっと望んでいるはずよ、だからあんたはね、誰かよか人と」……。亡き息子(浩二)の恋人と母の会話など、小説の世界が語りとなって胸に迫り、客席から「演劇が小さいころから身近だったから上手ね」という声が聞かれた。

     かつて麻矢さんから父親の性格やエピソードをカフェで紅茶を飲みながら聞いたとき、「これほど興味深い『井上ひさし論』はない」と驚いたものだ。「時代や人物を置き換えて聖書をパロっている」「生まれた頃の浅草の家には『ひょうたん島』の空気が感じられた」「父は自分の相手よりその背景に強くひかれるところがあって、作品の流れから、付き合っていた女性の世界が見える」……。父の作品に新たな命を吹き込む解説だったからだ。

     がんを患った父から毎晩かかる電話に出て懸命にメモをとり続けた言葉は著書「夜中の電話 父・井上ひさし 最後の言葉」に収められているが、こんなふうに父は娘に語ったという。「僕は演劇界で大きな特徴を見つけました。楽天家が多いということです。君は僕に似て大変楽天的な人です。だから(こまつ座を率いるのも)あなたはできるでしょう」

     舞台上の麻矢さんは落ち着いた表情でよどみなく語り、講演では「芝居がうまくいくと時間の中にユートピアが発生する」という父の言葉を引き合いに出し、「父は忘れ去られても、こまつ座の演劇(父の作品)をやり続けることが大事だと思います」と力強い決意を見せたのだった。【城島徹】

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