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危機の真相

労働者を脅かす三つの怪奇 柔軟な働き方は受難の入り口=浜矩子

安倍晋三首相と「高度プロフェッショナル制度」について会談した後、記者の質問に答える連合の神津里季生会長(中央)=首相官邸で13日、宮武祐希撮影

 大学での筆者の担当科目に「グローバル時代をどう読むか」というのがある。正式科目名は「内外マクロ経済環境」になったが、上記を副題とすることで、目指すところを示そうとしている。

     今、我々はグローバル時代という時代を生きている。我々がこの時代をどう読み解くかによって、この時代の時代特性も変わってくる。我々は時代を生きる者たちであると同時に、時代をつくる者たちでもある。この認識を学生さんたちと共有したいと考えている。

     このような発想で臨んでいるから、授業で取り上げるテーマは年々、変化している。むろん、どうしても押さえておかなければいけないテーマはある。だが、時代を読むためには、変転する時代風景に密着して、授業風景もまた、時々刻々変化する必要がある。

     そうした中で、現在進行中のこの授業では、今まであまり取り上げてこなかったテーマが大きな焦点となってきている。そのテーマは「労働」である。ヒト・モノ・カネ。これらが、経済活動の三大主役だ。その中でも、最もスーパースターなのがヒトである。もとより、そのはずだ。経済活動は人間の営みだ。人間を幸せにするために、経済活動があるはずだ。だからこそ、我々はヒト・モノ・カネという順序で話すのである。ヒトは、モノとカネに勝る。

     ところが今、スーパースターであるはずの人々の労働環境がおかしい。さまざまな怪奇現象が起きている。その一が賃金上昇なき雇用拡大だ。その二が幸福感なき雇用拡大だ。そしてその三が労働者たちの渡り職人化現象である。三者は無縁ではないだろう。

     多くの国々で失業率が低下している。日本では、有効求人倍率がどんどん上がる。主要国において、労働市場は売り手市場化しつつある。ところが、それに見合って賃金が上がらない。あと一息だという説もある。一部の賃金は上昇傾向が定着したという見方もある。だが、総じていえば、雇用拡大のペースが示唆するような賃金上昇の動きは見えてきていない。

     経済協力開発機構(OECD)の調査によれば、2016年にはOECD加盟35カ国における15~74歳の就労率が61%に達した。リーマン・ショックによる落ち込み前のピークが07年末の60・8%だった。これをついに上回るに至った。OECD加盟国はおおむね皆、豊かな先進諸国だ。それらの国々で労働力人口の6割が仕事に就くことができている。それなりにハッピー感が広がってしかるべきところだ。

     だが、人々はハッピーではない。不安感と格差感が広がっている。とりあえず仕事はあるが、先行き展望が開けない。キャリアアップの見通しが立たない。一寸先は闇かもしれない。そんな思いに駆られて不幸せをかみ締めている。そんな実態にもOECDの調査は着目した。

     労働者が労働者でなくなる。これも昨今の大きな問題だ。その典型が、例のライドシェア(相乗り)方式でタクシー運転手さんをやっている人々だ。ライドシェア大手の米ウーバー・テクノロジーズは、自分たちは運転手さんたちの雇用主ではないという。タクシーに乗りたい人と、タクシーサービスを提供したい人とを結びつける。そのためのITプラットフォームを提供しているだけである。それがウーバーの言い分だ。

     だから、ウーバーは運転手さんたちの労働者としての権利には全く頓着しない。最低賃金も、時間外労働も、最高労働時間も一切、関係なし。我らは、ひたすら個人事業主とサービス需要者を結びつけているだけでございます。渡り職人に仕事をあっせんしているだけですよというわけだ。

     渡り職人は、少しすてきな感じもある。フリーランスといえば、聞こえも悪くない。だが、それに惑わされてはいけない。渡り職人には、労働者としての権利が認められない。その人権が労働法制によって守られることがない。ここに来て、「高度プロフェッショナル制度」なるものがにわかにまた話題になっている。これが動き出してしまえば、その適用対象となる人々も、限りなく準渡り職人的な位置づけをお仕着せられることになりそうだ。

     時あたかも、英国でこの問題に関する報告書が出た。政府委託によるもので「テイラー・レビュー」という。マシュー・テイラーという人が取りまとめた。彼は、トニー・ブレア元首相の政策アドバイザーを務めた人物だ。

     テイラー報告の中では、ウーバー・タイプのいわば「お仕事版出会い系サイト」を通じて仕事に就く人々に新たな位置づけを与えることを提案している。その名が「ディペンデント・コントラクター(個人請負型就業者)」である。被雇用者ではない。だが、完全な個人事業主でもない。第三の労働者だ。渡り労働者とでもいうべきか。一理ある提案かもしれない。

     いずれにせよ、グローバル時代の労働をのみ込もうとしている怪奇現象には要注意だ。柔軟な働き方は受難の働き方。新しい働き方は、古き搾取の世界への逆行の入り口。そういうことかもしれない。この夏、労働ホラーが怖い。


     ■人物略歴

    はま・のりこ

     同志社大教授。次回は8月19日に掲載します。

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