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スポーツ庁長官と語る 2020への決意:鈴木大地×荒木絵里香 32歳 まだまだ頑張る

東京五輪に向けた思いを語り合う鈴木大地・スポーツ庁長官と荒木絵里香(右)=根岸基弘撮影

スポーツ庁長官と語る 2020への決意

鈴木大地×荒木絵里香 32歳 まだまだ頑張る

 スポーツ庁の鈴木大地長官が東京五輪に向けてアスリートと語り合う「長官と語る 2020年への決意」の2回目のゲストは、バレーボール女子で五輪には3大会連続で出場している荒木絵里香(32)=トヨタ車体。12年ロンドン五輪で銅メダルを獲得し、14年1月の出産を経て、16年のリオデジャネイロ五輪に出場した。女性スポーツ支援に力を入れる鈴木長官と育児と現役の両立の難しさや東京五輪への思いを語り合った。(対談は6月14日にスポーツ庁で行いました)【構成・小林悠太】

    家族のサポートあっての今

     鈴木 長い間活躍されているイメージがあるので、32歳と聞くと、まだまだお若い。まだ2回くらい五輪に出られますね。

     荒木 そう言っていただける方がいて驚いています。バレーが好きで、やめようかどうかで悩んだことはないです。

     鈴木 続けられるだけ、続けたいですか。

     荒木 今は家族がいるので、家族の許可無しではできないですけど。夫は、元ラグビー選手で、今は、女子の7人制のチームの指導者をしています。理解があるので助かります。

     鈴木 家族と離れ離れの日も多いですか。

     荒木 シーズン中は毎週試合で、木~日曜と4日間、家を空ける生活が5カ月続きます。チームの拠点は愛知。夫は仕事で東京です。母が実家のある千葉から、愛知に来て、娘を見てくれます。母は、私が現役復帰する時、育児のサポートをするために自分の仕事を辞めてくれました。

     鈴木 ご家族が協力してくれないと、今の生活は難しい。

     荒木 家族のサポートあっての今です。中途半端なことは絶対にできない。良いモチベーションになっています。

     鈴木 お子さんは寂しいだろうね。

     荒木 リオ五輪の時は1カ月半、会えなかった。娘も寂しいと思いますが、自分も寂しくて仕方ないです。

    荒木に子育ての大変さなどを問いかける鈴木長官=根岸基弘撮影

     鈴木 出産後も現役を続ける理由は。

     荒木 若い頃に1シーズン、イタリアのプロリーグでプレーしました。そこでは、ママや結婚している選手が当たり前。いろいろな選択肢があると感じられました。夫も結婚前から「一緒に頑張ろう」と勧めてくれたので。

     鈴木 イタリアの選手は日本と違った。

     荒木 海外の選手はオンとオフのスイッチの切り替え方がすごく上手。だからこそ、長く競技を続けられる。もし、競技だけしか見られなかったら、長く続けるのは難しくなっていく。私も今の方が集中して競技に取り組めています。

     鈴木 五輪中間年の14年の出産は計画したのですが。

     荒木 その時は、五輪など世界レベルを再び目指すことまで考えておらず、「若い年齢で産まなければ、復帰しにくい」と思っていました。予定通りに20歳代のうちに出産できました。

     鈴木 日本でもママアスリートは増えていますね。交流はありますか。

     荒木 バレーでは(五輪2大会出場の)大友愛さん。ずっと、代表で一緒にやらせてもらった。「寂しい」と相談をしたら、「終わった時に絶対にやってよかったって思える。できる限り、頑張りなさい」と助言をもらい、気持ちが楽になりました。最近は、若い選手に相談を受けることも増えています。

     鈴木 ママアスリートが当たり前になってくれれば。

     荒木 ママアスリートを増やしたいわけでも、「最高だよ」というわけでもない。正直、大変なこともあります。それでも、競技だけでなく、結婚、出産と選択肢が増えることは、スポーツ界全体に良いことだと思います。先日、ママアスリート同士で話し合う機会もありました。

     鈴木 「もっと、こうしてほしい」という提案はありましたか。

     荒木 各競技の協会に、金銭やいろいろな面でもう少しサポートしていただければという意見はありました。子どもがいることで、代表選考のマイナスになる競技団体もあると聞きました。

     鈴木 味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)の託児所は使いましたか。

     荒木 利用はしていないですが知っていました。いざという時に大きな存在です。今はNTCの託児所しか無いので、遠征や地方の合宿でも、ベビーシッターに見てもらえれば助かると、先日、他のママアスリートも話していました。冬季競技などは地方合宿が多いので、いろいろな支援策が増えていけば、ありがたいです。

     鈴木 出産前後で体が変わったことは。

     荒木 出産で骨盤が開いて、腰痛が出やすくなりました。日本では産前産後のトレーニングのプログラムを今、作っていると聞きましたが、私の出産時は無かったので。

     鈴木 出産を経験してプラスになったことは。

     荒木 精神的には、出産後の方が安定しています。昔は競技中に興奮しすぎて熱くなる時がありましたが、コントロールできるようになりました。前はプレー内容が悪いと、そのまま私生活まで引きずって落ち込んでいました。今は、家に帰れば娘がいて家族がいる。オンとオフのスイッチができたと思います。

     鈴木 これまでに参加した五輪の選手村で、ママアスリートと子どもが会う場面はありましたか。

     荒木 見ました。家族パスで、選手村に呼んでいた。日本の選手では見たことないので、すごいなと思いました。

     鈴木 東京五輪では、選手村近くで子どもに会えるという話も出ています。

     荒木 お願いします。

    「東洋の魔女」に続きたい

    鈴木大地・スポーツ庁長官に対し、家族への感謝の思いを話した荒木絵里香(右)=根岸基弘撮影

     

    鈴木 精神的にプラスになれば、競技力向上にもつながりますからね。

     荒木 東京五輪では、試合を娘に見せたい。リオ五輪は遠すぎるし、治安の不安もあり、連れて行けなかったので。3歳の娘も、20年には小学1年生になっているので覚えていてもらえる。ぜひ頑張って出場したいです。

     鈴木 それはすごい励みになりますね。お子さんにも良い思い出となり、人生を変えるイベントになりますね。

     荒木 (1964年東京五輪で金メダルを獲得して)「東洋の魔女」と言われた女子バレーボールの大先輩に続けるように金メダルを目指して頑張りたい。バレーの競技人口は減っているので増やせるように。スポーツ全体を盛り上げていきたいです。

     鈴木 スポーツ庁で、各競技団体の過去の五輪の成績をまとめると、バレーは3個の金メダルを取っている。団体競技の中では大活躍です。チームスポーツの活躍が選手団の盛り上がりにつながる。日本人は団体競技が好きですし。64年東京五輪も、東洋の魔女のおかげで日本中が一つになった。団体競技の活躍が20年の成功の一因になると思う。ところで、子どもの頃、バレー以外にやっていたスポーツはありますか。

     荒木 バレーを始めるまで、水泳をずっとやっていました。

     鈴木 水泳を続けていても、五輪に行っていたのでは。

     荒木 途中で、地元のクラブから、五輪選手を目指す強いクラブに移ったら、一人で水の中に潜り続けている時間がつらくなって。私には、みんなで一緒にやる競技が向いていました。

     鈴木 小学生の頃、バレーの練習は週何回くらい。

     荒木 3回くらいです。両親にスポーツの知識があって、「小さいときから四六時中、やらせるのはどうか」という考え方でした。トップレベルのチームに入ったのは、高校からです。

     鈴木 多くの選手は小学校からやりすぎている。

     荒木 練習量も多い競技なので、小さい時からやると、燃え尽きたり、他のことに興味が移っていく選手もいます。

     鈴木 五輪に3回出ていて、代表チームの雰囲気は変化がありますか。

     荒木 私自身の立場が変わっているので。最初の北京五輪は、若手で先輩に付いていくだけ。2度目のロンドン五輪は主将。3回目のリオ五輪は、出産してギリギリでチームに合流しました。

     鈴木 今は、まとめ役ですね。

     荒木 若い選手が、がむしゃらにできる雰囲気を作れればと。自分自身が活躍することも絶対に必要ですが、全員が思い切りできる環境が大事と思っています。

     鈴木 「最近の若い選手は欲がない」と聞きますが、どうですか。

     荒木 表現方法が10~15年前と違うのかなと思います。言動を表に出すタイプの選手は少なくなっているのかなと。内心では思っているのでは。

     鈴木 荒木さん、東京五輪だけでなく、24年五輪まで目指せるのではないですか。

     荒木 24年には、もう、40歳ですね。

     鈴木 世界的にベテランは何歳くらいまでやっていますか。

     荒木 イタリア時代、ヨーロッパのチャンピオンズリーグの決勝で、対戦相手に45歳のセッターがいました。世界はすごいと思いました。

     鈴木 私と同じ年には、サッカーの三浦知良選手がいる。あまり、年齢は考えない方がいい。

     荒木 そこまで年齢にこだわらずにやりたいです。(引退時期は)本当に考えていなくて、体が動かなくなるかもしれないし。家族から「もう、やめてくれ」と言われれば、今にでもやめないといけない。許される限り、頑張りたいです。東京五輪前で、スポーツに注目が集まる機会に競技者としてプレーできていることが幸せです。日本中の方にスポーツが愛されるものになるよう頑張ります。また、よろしくお願いします。

    女性アスリート支援などについて語り合った鈴木長官と荒木(右)=根岸基弘撮影

     すずき・だいち 千葉県出身。1988年ソウル五輪の競泳男子100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した。順天堂大卒業後に米コロラド大ボルダー校客員研究員、ハーバード大ゲストコーチなどで留学を経験。2007年に順大で医学博士号を取得し、13年に順大教授、日本水泳連盟会長に就任した。15年10月、スポーツ庁が発足し、初代長官に就いた。

     あらき・えりか 岡山県出身。東京・成徳学園高(現・下北沢成徳高)で高校3冠を達成。12年ロンドン五輪では主将を務め、銅メダル。186センチの長身を生かし、プレミアリーグでブロック賞6度。13年6月にラグビー元日本代表の四宮洋平さんと結婚し、14年1月に長女和香ちゃんを出産。東京五輪へ向け、今春に始動した中田久美監督率いる日本代表に名を連ねる。