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止まらぬ白鵬伝説 :「負けない」横綱10年、単独最多1048勝

高安を降して歴代最多となる1048勝を挙げ、花道で観客の声援に応える白鵬(中央)=愛知県体育館で2017年7月21日、長谷川直亮撮影

止まらぬ白鵬伝説 

「負けない」横綱10年、単独最多1048勝

 大相撲の東横綱・白鵬(32)=本名・ムンフバト・ダバジャルガル、モンゴル出身、宮城野部屋=が21日、愛知県体育館で行われた名古屋場所13日目で東大関・高安を降し、元大関・魁皇(現浅香山親方)を抜いて歴代単独最多の通算1048勝目を挙げた。2001年夏場所の序ノ口での初勝利から97場所での達成となった。

     白鵬は00年秋に15歳で来日。翌年春場所で初土俵を踏んだ。新大関だった06年夏場所で初優勝し、07年夏場所後に第69代横綱に昇進。15年初場所で元横綱・大鵬(故人)を抜いて単独1位となる33回目の優勝を果たした。全勝優勝13回、年間最多勝利9回も歴代1位。【坂本太郎】

    「模範役」角界けん引

     1048勝中760勝、73%を横綱で挙げた。勝利だけが求められる厳しい立場で立派な数字だ。在位60場所。勝利数を勝敗数(不戦勝、敗を含む)で割った横綱勝率は8割8分超で1場所平均13勝を超える。

     16歳だった2001年夏場所、初めて番付に載った序ノ口で負け越し。幕下まで優勝経験はなかった。変身したのは新十両の04年初場所。抜群の柔軟性を生かして9勝を挙げ、以後、皆勤した75場所全て勝ち越し。

     第一人者を10年初場所後に自覚。モンゴルの先輩横綱・朝青龍が引退。同年春場所から12年秋場所までの15場所、唯一の横綱として模範役を担った。この頃、大相撲は存亡の機にあった。力士の野球賭博など事件が相次ぎ、11年には八百長騒動で春場所が中止。自身26歳の誕生日3月11日には東日本大震災が発生した。

     一人横綱の間に10回優勝し、双葉山に次ぐ歴代2位の63連勝も達成。12年夏場所で両国国技館のチケットの約6割が売れ残るなど相撲人気が落ち込む中、勝ち続けることで務めを果たした。また、「震災の日が誕生日というのも宿命」と、被災地での「復興土俵入り」を毎年続けてきた。

     故・北の湖前理事長は「優勝40回も可能」と白鵬を評価した。「3年後の東京五輪を現役で」の目標に向かって、先頭を歩み続ける。【上鵜瀬浄】

    白鵬の主な記録と歴代順位

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     歴代単独最多の通算1048勝目を挙げた東横綱・白鵬(32)。花道を引き揚げる時には右に懸賞金、左にさがりを持ちながら何度も両手を突き上げた。「年1回の名古屋だから。大相撲を長年支えてくれたファンの前で達成できて満足している」と喜びをかみしめた。【藤田健志、月足寛樹、太田敦子】

      最多勝利への道は険しかった。昨年の名古屋場所では「(達成は)想像できなかった」と振り返る。史上3人目となる通算1000勝を目指していたが、右足親指を痛め10勝5敗に終わり達成できなかった。続く秋場所は右足を手術したこともあり横綱になって初めての全休。順調ではなかっただけに喜びもひとしお。子供4人と応援に駆けつけた妻・紗代子さんは「目標に向かい頑張っていたのが実ってうれしい」と目を細めた。

     2007年の名古屋場所から横綱を務め11年目に入った。今場所も朝稽古(げいこ)の後や取組後には、ファンとの写真撮影に応じる。「来てくれた人たちが少しでもお土産を持って帰ってくれれば」。偉大な記録を打ち立てながらも、相撲人気につながる取り組みを欠かさないのも、大横綱の魅力だ。

     21日は、花道の先で「名古屋宮城野部屋ファンクラブ」の久永裕樹会長(49)が白鵬に花束を渡し、抱き合った。「伝説の人になった。今後もけがなく、さらに偉大な大横綱になってほしい」と久永さん。観客席では三重県四日市市の無職、人見誠さん(70)が「横綱の強さは異次元。今後どうなるのか楽しみ」と語り、愛知県春日井市の主婦、安田妙子さん(66)は「強いというより負けない横綱だ。最多勝記録まで人知れぬ努力があったと思う」とねぎらった。

     一方、名古屋市緑区の中学2年生、大西健介さん(14)は父の影響で幼い頃から白鵬の大ファン。この日はテレビ観戦した。実は20日夜、自宅から約150メートル離れた宮城野部屋の宿舎で、野球バットにサインをしてもらい、白鵬から「頑張れよ」と励まされたという。これまでも「基本が大事。相撲も野球も同じだ」とアドバイスを受けていた。白鵬の大活躍に背中を押されるように、健介さんは「野球の試合に勝てるよう頑張りたい」と話した。

     

     

     

    「並んだ時の方がうれしいんだよね」

    最多勝タイ記録となり、花束を手に、笑顔を見せる白鵬=愛知県体育館で2017年7月20日、望月亮一撮影

     「並んだ時の方がうれしいんだよね。不思議だね」。にっこりと白鵬はほほ笑んだ。優勝回数や幕内での勝利数記録など、数々の記録に追いついては更新し続けてきたが、魁皇の1047勝にも到達。また一つ「歴代1位」の勲章が加わった。 入門当時は体重60キロ台。宮城野親方(元前頭・竹葉山)は「あんな体の小さい子がここまで来られるなんて」と驚く。たゆまぬ努力で白星を積み重ねた。休みの時も稽古(けいこ)場に来ることがある。欠かさないのは基本動作。四股やてっぽうは体から汗が噴き出すほど時間をかけて入念に取り組む。柔軟な体を作り上げたことが、けがの少なさにつながった。

     「すんなり行っていたら、ここまでではなかった」と、喜びもひとしおだ。昨年9月の秋場所は左膝などを痛めて横綱では初となる全休。今年3月の春場所も右足の負傷で途中休場。30歳代になって、けがが治りにくくなったのを自覚すると、先場所前には断食をして、体質改善に取り組んだ。常日ごろから口にする「体と心の一致」に努めてきた。

     魁皇は1047勝まで序ノ口デビューから139場所かかったが、白鵬はわずか97場所で成し遂げた。【藤田健志】



    白鵬翔(はくほう・しょう=本名ムンフバト・ダバジャルガル)

     東横綱、モンゴル・ウランバートル出身、宮城野部屋。父ムンフバト氏はメキシコ五輪レスリング銀メダリスト。2001年春場所初土俵。06年夏場所初優勝。07年夏場所後に第69代横綱に昇進し、同年名古屋場所で新横綱。10年初場所から九州場所にかけて史上2位の63連勝。優勝38回は史上最多。殊勲賞3回、敢闘賞1回、技能賞2回。得意は右四つ、寄り、上手投げ。192センチ、160キロ。32歳。