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食と戦争

戦後72年/4 空襲で両親犠牲、養父の元に 当時大阪市内在住、迎井匡子さん(80) /和歌山

養父宅近くの山間部から生石口駅があった方角を示す迎井匡子さん=和歌山県紀美野町毛原下で、阿部弘賢撮影

白米、優しさ感じた

 「お腹いっぱい食べたいということばかり考えていた。戦時中は食料がなくて、“お袋の味”なんてなかった」

 太平洋戦争の当時、大阪市内に住んでいた迎井匡子(まさこ)さん(80)=紀美野町=は、ひもじい思いをした幼少期の記憶が今も残る。

 戦争末期は7歳。甘いものが欲しくて、配給の砂糖を食べたいと言うと、母コトメさんは「(疎開中の)兄さんが帰ってきたらね」と言うばかり。裕福な家の友人が食べているサツマイモ入りのおかゆを、うらやましく見つめたこともあった。普段何を食べていたのかは記憶に残っていない。

 1945年3月。空襲警報とともに、大阪市の上空に米軍爆撃機B29の戦隊が襲来した。低空を飛行する「…

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