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イスラエル・エンドレスウォー

第3章 インテリジェンス最前線/1(その2止) 友好国で奇襲攻撃 想定外事態重なり未遂

 

     「テロリストに安息の地はない」。イスラエル諜報(ちょうほう)機関モサドの元長官、ダニー・ヤトム氏は、「自衛」のための先制攻撃の正当性を今も主張する。

     パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマス。その政治部門代表のハレド・メシャル氏暗殺作戦は、1997年9月25日午前10時半に始まった。モサド工作員の2人は、ハマス本部が入居するヨルダンの首都アンマン中心部のビルの前でメシャル氏を待ちぶせた。車から本人と運転手、メシャル氏の子供3人が現れた。「想定外の事態が起きたら中止」。ヤトム氏は現場にそう伝えていたため、司令官は子供の姿を見て中止サインを送ったが、柱の陰になり工作員が見落とした。

     「想定外」はさらに続く。工作員2人は事前に、イスラエルの街頭で予行演習を重ねていた。1人が炭酸飲料の缶を振って開け、通行人に泡を浴びせる。もう1人がその隙(すき)に、右手に包帯で固定した小型噴射器から液体を振り掛ける。だが当日、その缶のふたが開かず、にもかかわらずもう1人は作戦を決行。左耳付近に薬物をかけた。偶然通りかかったハマス連絡員がその動作を不審に思い、工作員を追跡。乱闘の末、治安当局に突き出した。

     モサド本部の作戦司令室。工作員拘束の知らせを聞いて、重い沈黙が流れたという。「ヨルダン国王に会って、すべてを話す」。ヤトム氏はネタニヤフ首相の同意を得てヘリコプターでアンマンに飛んだ。「ヨルダンではなくハマスに対する攻撃でした」。ヤトム氏の釈明の言葉に国王は不快感を隠さず、自国の情報機関幹部との連携を促して退室したという。モサド長官は首相の名代として「時に外交交渉を担う。国交のない国とは、その密使もこなす。モサド長官の重要な役割だ」(ヤトム氏)。

     ヨルダンは94年にイスラエルと平和条約を結んだ、アラブ諸国の中では数少ない友好国。95年に暗殺されたラビン首相は、通告なしにヨルダンで秘密工作を行うことを禁止。メシャル氏も事件後、「ヨルダンにいれば安全だと思っていた」と明かした。友好国での暗殺は奇襲攻撃になるが、外交上のリスクもまた計り知れない。

     ヤトム氏は、使用した薬物の名前は「答えられない」としたが、合成麻薬性鎮痛薬フェンタニルを使った薬物の可能性が指摘されている。呼吸中枢を抑制し、大量摂取すると検出される。「遺体に残らない」とも述べており、イスラエル首相府直轄の生物化学研究所で濃縮などの特殊加工が行われた可能性もある。米人気歌手プリンスさんは2016年4月、フェンタニルの過剰摂取で急死している。

    「モサド最悪の失態」

     メシャル氏が意識不明に陥ると、ヨルダンは他の工作員4人が逃げ込んだイスラエル大使館を包囲した。解放と引き換えに解毒剤や薬物の化学式、噴霧器の提供を要求。突入も辞さないけんまくで「メシャルが死ねばイスラエルとの平和条約も死ぬ」と決断を迫った。

     ヨルダンの人口の半分はイスラエルの「建国」で土地を追われたパレスチナ難民。対応が弱腰と見なされれば反発を招き、治安が不安定化しかねない。

     ネタニヤフ氏は解毒剤提供には応じたが、化学式は「国家財産だ」と当初、突っぱねた。最終的にはクリントン米大統領が介入し、イスラエルに圧力をかけて化学式を提供させた。

     解毒剤でメシャル氏は2日後に覚醒。ヤトム氏は「治安当局がテロリストを仕留め、その手で生き返らせた例はない」と自虐気味に語る。事件は「モサド史上最悪の失態」とその歴史に刻まれた。

     ヤトム氏の後任のハレビ元モサド長官は回想録で、当時国王がハマスを含むパレスチナとの「30年停戦」を目指し仲介を模索していたと指摘。「本当に武力(暗殺)のみが有効な手段だったのか。(停戦に)応じていれば実現していたかもしれない」と述べている。

     イスラエルは97年10月、ヨルダンの要請でハマス創設者のヤシン師を釈放。工作員らは解放された。

     04年3月、イスラエルはヤシン師を空爆で殺害した。【エルサレム大治朋子】=つづく

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