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<その177> ドン底生活=城島徹

「路地裏の社会史-大阪毎日新聞記者・村嶋歸之の軌跡」の表紙

 1917(大正6)年、大阪毎日新聞(毎日新聞の前身)に「ドン底生活」と題したスラム街のルポルタージュが掲載された。社会の底辺であえぐ民衆に寄り添って取材し、統計データを駆使した力作をものしたのは労働記者として活躍した村嶋帰之(よりゆき、1891~1965年)である。100年の時空を超えて熱いジャーナリズム精神が輝きを放つ。

     <水の都の空も低く30万の甍(いらか)の上に聳(そび)ゆる煙突2680本。さして大きからぬその孔口から11億9000斤(きん)の石炭が煙となって消えていく><まことに大阪は富の都である。さあれ富の半面にはまた貧がある。商工業の殷盛(いんせい)は貧富の懸隔もはなはだしく生活戦の敗残者の数もまた夥(おびただ)しい>

     東洋のマンチェスターと形容される大阪の発展ぶりを煙突の数などのデータで示す一方、貧困に苦しむ人々の存在を第1回に記した村嶋。圧倒的な筆力で2月から3月に連載した24回のルポは読者の大きな反響を呼び、翌年出版された。

     「村嶋さんなくして日本の健全な労働運動の発展はありえませんでした。若き日の祖父にとっても氏は大切な師であり同志であったことでしょう」。村嶋が労働運動にも深くかかわったと私に語るのはメディアに精通する西尾安裕さん(75)だ。祖父は大正時代に旋盤工からたたき上げで労働運動の指導者となり、戦後は日本社会党の結成を担い、さらに民主社会党(民社党)の初代委員長となった西尾末広。村嶋の盟友だった。

     大阪の社会部で労働組合と野党を担当する大阪労農記者クラブに所属した私にとっても大阪毎日新聞の「初代労農記者」である村嶋の存在は大いに気になり、西尾さんを伴って昨秋、村嶋の業績に光を当てた研究書「路地裏の社会史-大阪毎日新聞記者・村嶋歸之の軌跡」の著者、木村和世さんを大阪市内の自宅に訪ねて懇談の機会を持った。

     <賀川氏は如才ない人だった。(略)「村嶋さんですか。私はあなたが新聞に連載された『ドン底生活』を、あっちから帰ると早々図書館で読ませてもらいました」と先手をうつた。氏の第一印象は満点で、私は笑くぼのある氏の風貌と如才ない人ざわりに全く魅了され、爾来(じらい)四十五年間、少しも中断されることなく交友が続いた>

     自伝的小説「死線を越えて」で知られる社会運動家の賀川豊彦との出会いを村嶋がつづった一節を同書は紹介している。また村嶋は後に阪急グループや宝塚歌劇団の創業者である小林一三の評伝も書いており、ジャーナリストとしてのスケールの大きさがうかがえる。もし村嶋が100年後の現代に存在したら、社会をどう斬ってみせるだろうか。【城島徹】

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