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陸上

日本学生対校選手権 雪辱ジェット桐生 けが、不調はね返し9秒98

時計を前にポーズを取る桐生祥秀

 日本陸上短距離界で待望された「9秒台」へついに突入した--。福井市の福井運動公園陸上競技場で9日行われた日本学生陸上対校選手権男子100メートル決勝で、桐生祥秀(よしひで)(21)=東洋大4年=が9秒98の日本新記録を樹立した。相次ぐ故障や苦難を乗り越えての快記録達成となった。

     今年6月の日本選手権。国内現役選手最速タイムの桐生は本命として臨んだが、まさかの4位に敗れ、8月のロンドン世界選手権の個人種目代表から外れた。傷心で1週間は練習に足が向かなかった。だが、しばらくして負けず嫌いの血が騒いだ。1日に50メートルを70本走る猛練習。「弱かったら、強くすればいいだけ。どんなにボロクソに言われようと、3年後(の東京五輪は)見とけよっていう方が大きい」と振り返る。

     それでも、男子400メートルリレー代表としてロンドン行きが決まり、本番で銅メダルを獲得。同選手権で左ハムストリング(太もも裏)にけいれんを起こした影響で今大会直前は練習を積めなかったが、「悔しい思いで夏が終わったので、それがあったからこそ、夏にちょっと練習ができた」とトレーニングの蓄積の成果を強調した。

    男子100メートル決勝、9秒98で優勝して観客の声援に応える桐生=福井運動公園陸上競技場で9日、山崎一輝撮影

     小学5年の時、4学年上の兄が大会で100メートルを走る姿を見て「兄のように速く走りたい」と心を動かされ、中学入学後に本格的に陸上を始めた。当初は体が小さく、同じ中学の同学年でも自分より速い選手はいた。それでも、負けず嫌いは人一倍。当時の陸上部顧問の億田明彦さん(49)は「チーム内でリレーをすると、桐生君はどれだけ差があっても抜こうとした」と懐かしむ。

     素質が開花したのは体が成長してから。だが、類を見ない速さは体に想像以上の負荷がかかる。中学時代は腰椎(ようつい)剥離骨折や太もも肉離れ、高校時代も足底筋膜炎や腰椎分離などを発症し、痛み止めの座薬を入れて大会に臨んだこともあった。

     京都・洛南高3年だった2013年春に日本歴代2位の10秒01を出した後もけがが続き、14、15年は2年連続で日本代表の座を逃した。ある日、コンビニエンスストアに行くと、家族連れに「速かった人」と過去形で指をさされたこともある。しかし、悔しさをバネに嫌いな野菜を食べて体質を改善し、一緒に練習した選手が吐くほど坂道を走って筋力をつけた。昨年以降は大きなけがもなくなり、リオデジャネイロ五輪400メートルリレーで銀メダルを獲得。挫折を常に糧にしてきた。

     大学最後の100メートルでの快挙。レース直後には「こういうタイムを出せたのは、いろんな複雑な思いがある」と感慨深げな表情も見せた。「東洋大に入って、いろいろうまくいかないこともあった。今回出場してこういうタイムを出せたのはうれしい」。陽気な性格で友人に「ラテン系」と評されるスプリンターは、すぐに最高の笑顔になった。【新井隆一】

    「くさらず頑張った」父康夫さん

     競技場で観戦した父康夫さん(52)は「(今年6月の)日本選手権で4位に終わるなどしたが、くさらずによく頑張った」と活躍をたたえたうえで、「今の段階では手放しには喜べない。今後の長い競技人生を考えると通過点だ」としてさらなる飛躍に期待を込めた。

    会場喝采「次の時代始まる」

     競技場には約8000人の観客が詰めかけ、福井陸上競技協会によると、福井県内の陸上大会では過去最多。記録への期待が高まり、スタート前からスタンドは熱気に包まれた。

     陸上部に所属し、友人と訪れた福井市の中学1年、谷口聡汰さん(13)は、スタンドの前列で観戦。桐生がレース終盤でぐんぐん追い上げると「桐生が来た、桐生が来た」と興奮が収まらない。そのまま1位でゴールし、9秒台と分かると、跳び上がって喜んだ。「僕も桐生選手のような粘り強い走りをしたい」と声を弾ませた。

     観戦に訪れた北京五輪400メートルリレーメダリストの塚原直貴さん(32)は「20年近く破られなかった日本記録をついに消し去ってくれた。これで次の時代がまたスタートする」と祝福。「序盤は(ライバルの)多田修平選手が先行したが、後半で勝負をかけようと焦らずリラックスして走ったことが勝因だろう」と話した。

     同じくメダリストの高平慎士さん(33)=富士通=も「桐生選手はさらに9秒8、9秒7と次を目指すだろう。同じ時代の選手としてその活躍を見られるのはうれしい」と語った。【大森治幸】

    「やっぱりお前が一番だ」 二人三脚、トレーナー涙

     陸上男子100メートルで日本勢初の「9秒台」を達成した桐生を最も近くで支えたのが、東洋大トレーナーの後藤勤さん(43)だ。桐生の肉体の全てを知り尽くし、体調管理や「9秒台」の重圧を受け続けたメンタル面でもサポートしてきた。快挙達成に「(重圧や期待から)やっと解放された」と目を潤ませた。

     2012年ロンドン五輪で陸上日本代表のヘッド格のトレーナーを務めた腕利き。桐生の東洋大入学が内定した13年秋、土江寛裕コーチから依頼されて東洋大トレーナーに。桐生の体の手入れを始めると、素晴らしさはすぐに分かった。特に「絶品」と評するのが足首の硬さ。短距離では足首が柔らかいとクッションとなって曲がる分、地面からの反発力が小さくなり、スピードに乗れない。「桐生は和式トイレの時のような(足首を曲げて)かがむ姿勢がきつい」と明かす。日本人離れした武器を残しつつ、股関節の柔軟性などは高めて進化させてきた。

     「年間100日は一緒」といい、小型体重計を携帯して体重を管理し、桐生の愚痴の聞き役にもなる。桐生が15年に右太もも裏の肉離れをした際には体重や体脂肪の増加を指摘し、それまで炭水化物や肉中心の食事だったのを野菜も取るように改善させた。

     桐生は9秒台を出すと、トラック脇にいた後藤さんに向かって一直線に走って抱きついた。後藤さんは「やっぱり、お前が(日本勢で9秒台を出す)一番だろ」とほめたたえ、桐生も「僕が笑顔でゴールして、逆に見ていただける人が涙を流すというのが、すごくうれしい」と感謝した。【新井隆一】

    都電より速い

     日本人初の9秒台に到達した桐生祥秀。どれだけ速いのか、動物や電車、歴代の名選手と比較した。

     桐生が10秒01をたたき出した2013年4月の織田記念国際のレースを日本陸連が分析したところ、最高速度は時速41・9キロ。18歳男子の50メートル走の平均速度(15年の文部科学省調査から算出)は24キロだ。

     野生動物ではキリンが時速50キロ、カンガルーが48キロ、アフリカゾウが40キロとほぼ互角。一方、陸上動物で最速とされるチーターは115キロ、ダチョウは80キロとかなり速い。電車の最高速度と比較するとJR山手線が時速90キロ、東京メトロ銀座線が65キロでかなわないが、都電荒川線の40キロには勝っている。

     過去の日本人選手では、戦前に「暁の超特急」と呼ばれた吉岡隆徳さんが1935年、当時の世界タイ記録となる10秒3を樹立。近年では、伊東浩司さんや朝原宣治さんらが10秒の壁に挑んだが、はね返された。桐生は日本陸上界の悲願を達成した。

     ちなみに世界記録はウサイン・ボルトさんの9秒58で最高速度は時速44・46キロに達したという。【古関俊樹】

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