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余録

紀元前8世紀に始まった古代オリンピックは第13回大会まで…

 紀元前8世紀に始まった古代オリンピックは第13回大会まで、短距離走だけだった。当時の短距離走は約180メートルの直線走路で競われた。古代ギリシャ人はこれが人間が最高速度を出せる距離と思ったらしい▲今の100メートル、200メートル走の記録を思えば、的外れでもなかろう。15回大会では1位でゴールした選手の着衣が途中で脱げる事故があった。その優勝が認められると、以後はみな裸身で走ることになったから、最速への執念はすごい▲むろん時計のない時代だから勝負は順位がすべてだが、最速の栄光は他のあらゆる競技よりも早くから人の心を燃え上がらせたようだ。2700年以上の歳月を経た今も100メートル走の勝者とその記録が巻き起こす興奮は格別である▲「10秒の壁」突破に日本中が目を見張った桐生祥秀(きりゅう・よしひで)選手の「9秒98」だった。伊東浩司(いとう・こうじ)選手が出した男子100メートルの日本記録10秒00から19年。世界では120人以上が超えた「壁」の厚さを、日本の人々が思い知らされた年月だった▲桐生選手自身にとっても「壁」の前の苦しい時間をくぐり抜けての記録突破だ。実力の拮抗(きっこう)する選手が続々現れ、誰が「壁」を破ってもおかしくなかった今の日本男子短距離陣である。陸上競技の神様が選んだのは桐生選手だった▲記録の「壁」は一度破られれば、ただちに消滅して競技の新たなステージを作り出す。桐生選手とそのライバルたちには従来の拘束を抜け出し、一挙に迫ってほしい世界最高峰の100メートルの直線走路である。

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