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岡崎 武志・評『神秘大通り』『白い標的』ほか

今週の新刊

◆『神秘大通り』ジョン・アーヴィング/著(新潮社/上下各税別2300円)

 現代アメリカ文学の最重要作家ジョン・アーヴィング。『神秘大通り』(小竹由美子訳)は、上下巻の新作長編だ。円熟なんかしないで、いかにもアーヴィングらしい逸脱と放恣(ほうし)のスペクタクル。

 作家フワン・ディエゴが、ある目的のためニューヨークからフィリピンへ旅に出る。その道中に見る夢は、メキシコでの少年時代。娼婦(しょうふ)の母は養育を放棄し、妹と2人ゴミ溜(た)めに暮らし、焼け焦げたゴミ本でいっぱしの読書家となる。人の心を読む妹、彼らを教え導くアロハシャツの修道士……。

 そんな過去と交錯するように、彼の読者だという母と娘が現在に性的彩りを添えて、例によってグロテスクかつ心優しき世界が展開していく。足に障害を持つ主人公、無惨な死を遂げる妹など、特異な設定も『ガープの世界』ほかの諸作を想起させる。

 低い視点から大きな世界を丸ごと掴(つか)み取る。比類なき巨匠の剛腕に、読者は身をゆだねるしかない。その快楽こそ文学である。

◆『白い標的』樋口明雄・著(角川春樹事務所/税別1800円)

 わが庭のごとく、南アルプスで山岳救助を続ける「K-9(ケーナイン)樋口明雄により、出版社の垣根を越えて書き続けられる。

 『白い標的』は、標高3193メートルの北岳が舞台。しかも嵐の厳冬期だ。そこに殺人を犯して宝石を強奪した2人組が向かう。裏切った仲間の男が、ブツを持ったまま北岳へ逃げ込んだのだ。定年間近のベテラン刑事・堂島と、K-9隊員の夏実が犯人を追う。そして堂島が撃たれた。

 物語後半は、荒れ狂う雪山での夏実と救助犬コンビの活躍が描かれる。そして補佐する射撃の名手もまた女性だ。生死をさまよう堂島に、夏実は「自分には自分の戦いがある」と誓い、荒れる雪と銃弾に立ち向かっていく。そのサスペンスは一級で、暑さを忘れ、読みふけることになる。

 「地上と違って、ここは死に近い場所です。だから、人の命の重さが身近に感じられるんです」と言う夏実の言葉は重く身に沁(し)みる。

◆『新版 世界史モノ事典』平凡社/編(平凡社/税別2800円)

 平凡社編『新版 世界史モノ事典』は重宝する面白い本だが、書店ではどの棚に並べるか悩ましい。古代以降世界に登場した「モノ」約3000点を図版で分類、解説した本だ。扱うのは船、飛行機、車、衣装、建築、楽器、文様と、じつに多種多様。古代における王家の椅子のバリエーションなど、知ってどうなるものではないが、飽きずに眺められる。金管楽器と木管楽器の項に、フルート、サックスは金属でも木管楽器に属するとある。へぇ知らなかった。間違いなく一家に一冊ものである。

◆『ビブリオ漫画文庫』山田英生/編(ちくま文庫/税別780円)

 山田英生編『ビブリオ漫画文庫』は、よくぞ集めたりと拍手したくなる。漫画に描かれた古本屋、貸本屋、図書館など、「本」をテーマにしたアンソロジー。つげ義春「古本と少女」や諸星大二郎、山川直人は誰でも思いつくが、水木しげる、楳図かずお、近藤ようこなど、よくよく読んでいないと気づかない。Q.B.B.の名作「古本屋台」の収録もうれしい。じつは私(岡崎武志)も、作中に出てきます。本の向こうに街の風景や、人の営みが見えてくるのがいい。カバー絵はうらたじゅん。

◆『ニッポンの奇祭』小林紀晴・著(講談社現代新書/税別900円)

 いくら文明が進化しても、褌(ふんどし)一丁の集団が神輿(みこし)をかつぎ、集団で夜通し踊る不思議な国。『ニッポンの奇祭』は、旅するカメラマン小林紀晴(きせい)が、長年取材してきた全国の珍しい祭りを一挙公開する写真ルポ。故郷の長野県諏訪で、少年時代に父親が御柱(おんばしら)に乗る姿を見ていたというから、祭りで血が騒ぐわけだ。仮面と泥のついた蔓草(つるくさ)をまとう宮古島「パーントゥ」、生のイノシシの頭を奉納する宮崎「銀鏡神楽(しろみかぐら)」、一千年の歴史を誇る福島「相馬野馬追(そうまのまおい)」など、それはたしかに神に近づく儀式なのだ。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年9月24日号より>

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