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スポーツ庁長官と語る 2020への決意:鈴木大地×福岡堅樹 文武両道の精神で

鈴木大地・スポーツ庁長官(左)と対談するラグビー日本代表の福岡堅樹=東京都千代田区で2017年8月23日、中村藍撮影

スポーツ庁長官と語る 2020への決意

鈴木大地×福岡堅樹 文武両道の精神で

 スポーツ庁の鈴木大地長官が東京五輪に向けてアスリートと語り合う「長官と語る 2020への決意」の3回目は、ラグビー男子で、15年のワールドカップ(W杯、15人制)と16年のリオデジャネイロ五輪(7人制)の両大会に日本から唯一出場した福岡堅樹(25)=パナソニック=を迎えた。引退後は医師になる目標を持ち、日本開催の19年W杯と20年東京五輪の両大会を現役生活の集大成にすると決めている。米国への留学経験もある鈴木長官とスポーツと学問の両立などについて語り合った。【構成・小林悠太】

    コツはオン、オフのメリハリ

     鈴木 ようこそいらっしゃいました。まだ25歳ですよね。15年のW杯の時は何歳でしたか。

     福岡 23歳で、チームでは下から2番目でした。自分がテレビで見ていた選手たちの中に入って緊張がありました。

     鈴木 15年のW杯と16年のリオ五輪に両方出た唯一の選手ですが、W杯と五輪は違いましたか。

     福岡 (イングランドで開かれた)W杯は街全体がラグビー一色でした。金星を挙げた初戦の南アフリカ戦の後、ホテルに帰ってきたら、大勢の人が待っていて祝福してくれた。ラグビーの熱はW杯ならではと感じました。五輪は、他競技の選手との出会いがあった。他競技の日本選手団の映像を見て応援して、エネルギーをもらった。日本代表ということに、より重みを感じました。個人のパフォーマンスは、W杯は負けた試合の1試合しか出られませんでした。自分がチームに何か良い影響を与えた手応えはなく、不完全燃焼でした。リオ五輪は控えで途中投入の役割が多かったですが、ニュージーランドに勝った時も自分の良いプレーがあって、チームのために仕事ができて良かったです。

     鈴木 15人制と7人制で求められるプレーは違うと思いますが、俊足の福岡選手は7人制の方がより力を発揮できますか。

     福岡 スピードがより大事になるのは7人制です。一人一人のスペースが広い分、1人でなんとかできるのは大きいと思います。

     鈴木 (15年W杯でヘッドコーチだった)エディー・ジョーンズさんは福岡選手を「チーターより速い」と言っていたそうですが、いつから速かったですか。

     福岡 小さい頃から、かけっこでは負けたことがなかったです。ずっと外に出て遊ぶのが好きでした。父親とよく神社へ犬の散歩に行き、下り道を全力でかけっこしていました。そこで鍛えられたのかもしれないです。

     鈴木 足が速いと、他の競技の方からも勧誘があったと思いますが。

     福岡 スポーツはずっと好きで。長距離はあんまり得意でなかったですけど、それ以外は本当に何でも好きで、小学校のクラブ活動でサッカーをやったり。遊びではいろいろな競技をやっていました。

     鈴木 ラグビーに決めたのはなぜですか。

     福岡 必死に体を当てて、潰そうとしてくる相手に対して、自分のスピードで体を触らせずに抜くという爽快感です。それが一番の決め手でした。

     鈴木 福岡選手がすごいのは、学問でも優秀なこと。親も医師だったんですか。

     福岡 父が歯科医で、祖父が医師です。

     鈴木 自分も医師になると。

     福岡 家系的な影響もあり、父、祖父への尊敬もあって、漠然と小学生くらいから医者になりたいとは思っていました。

    鈴木大地・スポーツ庁長官(左)と対談するラグビー日本代表の福岡堅樹=東京都千代田区で2017年8月23日、中村藍撮影

     鈴木 ラグビーは何歳から始めましたか。

     福岡 5歳からです。

     鈴木 1日、どれくらい勉強していましたか。

     福岡 小学校の頃は学校の授業だけです。

     鈴木 ラグビーの練習は。

     福岡 最初は週1回で、小学5、6年で週2回になりました。

     鈴木 福岡県はラグビーが盛んですよね。

     福岡 ジュニアはとても盛んで、いつも全国優勝しています。

     鈴木 小さい頃から全国大会に出ていましたか。

     福岡 中学で初めて福岡県選抜として全国大会に出場しました。

     鈴木 中学の時のラグビーの練習頻度は。

     福岡 週2回ですね。

     鈴木 2回だけですか。

     福岡 平日は学校の部活動で陸上部に入って走り込みをして、土日はラグビーでした。陸上部では、速くなるために、先生にフォームなども教えてもらって。跳躍、三段跳びなどもやりました。

     鈴木 ラグビーは跳んだりはねたりもするし、パスなどいろいろな要素がありますしね。総合的な力が要求されますよね。1回のラグビーの練習時間は。

     福岡 今は1時間ちょっとですね。長くはできない。中学だと2時間くらいです。

     鈴木 (2時間で)長いのですか。

     福岡 長いですね。より高いレベルにいくほど練習が洗練されて、高強度短時間になります。今は1時間で、その後に個人の練習を取るくらいです。

     鈴木 中学生では勉強をどのくらいしていましたか。

     福岡 要領よくやっていたのが、両立できた理由かなと思います。集中力が長く持つタイプでなかったので、長時間はできなくて。その分、短い時間で要点だけつかんでやりました。

     鈴木 福岡高は、学校全体が文武両道だったそうですが。

     福岡 「できるだけ部活に入るように」と言われ、必死に部活も勉強もやります。本当に良い環境だったと思います。

     鈴木 環境が大きいですね。人が遊んでいる中、自分だけ勉強もスポーツも、は厳しいですからね。

     福岡 そうですね。ラグビーの時は、ラグビー部の友人たちと必死になって、学校の時はクラスメートと勉強をやる環境でした。下校時間は決まっていて、それに合わせて短い時間でやる。無駄に後に延ばしすぎないようにしていました。

     鈴木 文武両道を行うことは難しいです。コツはありますか。

     福岡 オンとオフをしっかりする。遊ぶ時間や休む時間がしっかりあるから、オンの時に集中できると思います。メリハリでやっていました。

     鈴木 遊ぶ時間はありましたか。

     福岡 ありました。高校の時はバンドもやっていて。息抜きの趣味程度ですが。

     鈴木 すごいですね。楽器は。

     福岡 ずっとピアノを習っていて。ピアノとドラムをちょっとやっていました。

     鈴木 スーパーマンですね。

     福岡 いやいや。本気ではないので。

     鈴木 浪人して筑波大の医学部を目指していたそうですが、もし、希望通りに筑波大の医学部に受かっていたらどうなっていましたか。

     福岡 今の自分はないですね。医学部でもラグビー部に入ろうと思っていましたが、それでも、ここまでラグビーに打ち込んでいたかと言われると何とも言えないです。受験前の高校の頃は、代表など考えていなくて、医学部に進む方をメインで考えていました。高校の最後にけがをして高校日本代表に入れなくて、浪人中に、より一層、ラグビーでもっと上まで目指したいという思いになりました。両親からも「(別学部の)大学を卒業して、もう1回、医学部を目指す時もサポートする」と言ってもらえました。まずは、ラグビーに専念しようかなと思いました。

     鈴木 この後は、もう一度、医師の道を目指しますか。

     福岡 19年と20年が終わったら、大学に行こうと思っています。今も、医学部再受験のために必要な勉強は、1日1時間くらいやるように心がけています。インターネットで受けられる通信講座などを利用しています。

     鈴木 国内には福岡選手のような選手は少ないです。

     福岡 日本の中ですと、どうしてもスポーツと勉強が分かれるので。トップを目指そうと思うと勉強に割いている時間がないというのが、両立の難しいところかなと思います。

     鈴木 海外の選手ですと、私の知人でも、五輪のメダリストで医師などがいます。

     福岡 ラグビー界でも、海外の代表で、医師や弁護士がいます。一つ励みになります。

     鈴木 日本と海外は何が違うのですかね。

     福岡 スポーツを一生懸命やる上で、早い段階からスポーツに専念して、勉強をあきらめてしまう。両立して、より困難な道を進もうという人が見られないのかもしれないです。自分の場合、最初の目標が医師の方でした。「勉強は絶対にしないといけない」ということが根幹にあって、その上でラグビーを続けていた。勉強を諦めることが選択肢としてなかったことが大きな違いだと思います。

     鈴木 ラグビーの場合、福岡選手のようにやり方を工夫すれば、中学2年まで練習が週2回で日本代表になれるのも大きいですね。

     福岡 体のコンタクトが多いですし、筋力トレーニングもしないといけない。でも、やりすぎると、身長が伸びなくなります。

     鈴木 自分の小学校の時は、学校から帰ると、すぐに練習へ行ってヘロヘロになって。たまに朝練習もあり、勉強をする時間も気力もなかった。週2回の練習は、ちょうどいい頻度かもしれませんね。

     福岡 自分はどちらかというと何か一つに集中するのが苦手で、何かをやりながらの方が続きました。だから、要領よくやることができました。

     鈴木 スポーツ庁も福岡選手のような文武両道の選手が一人でも増えればいいなと、競技と同時に引退後のキャリア形成について施策を推進しています。これからの若い人が、どうすればスポーツと勉強を両立できるのかアドバイスもらえますか。

     福岡 自分の中で、いかに時間を使うかが大事なところだと思います。限られた時間の中で、他の人より時間が部活で削られますし、疲れているので睡眠の時間も取りたい。その中で自分に残された時間がどこなのかをしっかりと見つめるようにしました。授業で集中して家では勉強しないなど、それぞれのやり方があると思いますが、自分に合ったやり方をみつけるのが一番です。

     鈴木 ラグビーでもっと強くなりたい、うまくなりたいと思えば、勉強の時間を削ってやりたくなる人もいると思いますが。

     福岡 それも一つのやり方で、それで成功している人もたくさんいます。自分の場合は、たまたま両立が当たり前の環境でした。そういう環境が広まれば、きっと両方をやれる選手も出てくる。日本だと前例が少ないので「難しい」と諦める人が多い。そういうことをできる人が先駆けて社会に出ることで、他の人もやりやすくなるのではと思います。

     鈴木 福岡選手のような人が増えていくことが、スポーツ界の価値を上げることにもつながると思います。勉強とスポーツが相互に生きることはありますか。

     福岡 スポーツが勉強に生きることは、まず集中力です。短期の集中力にはスポーツで得た体力が必要になる。勉強がラグビーに生きている点は、相手チームを分析する時などにより理論的に考えられる。自分の中で情報をきちんとかみ砕いて吸収できています。

     鈴木 スポーツ選手に勉強をさせた方が、スポーツのパフォーマンスも上がるという考えの方もいます。

     福岡 上がるとはっきりは言えないですが、スポーツ一つだけに熱中するより、頭を使う機会が増えるのも良い影響を与えていると思います。

    19年W杯ではベスト8を

    ラグビー日本代表の福岡堅樹と対談する鈴木大地・スポーツ庁長官(左)=東京都千代田区で2017年8月23日、中村藍撮影

     鈴木 国を挙げて19年W杯と東京五輪の成功に向けて動いています。理想の強化やサポートはありますか。

     福岡 自分たちの高校の時と比べて、7人制の大会が増えて、目指す環境が整っているのはうれしいことです。ただ、ラグビー場のことで、今は秩父宮ラグビー場を使うことが多いのですが、試合の頻度が多く、シーズン後半に入ると芝が傷んでしまいます。選手同士でもよく話をしていて。走っていても、スパイクが滑ってしまいます。良いパフォーマンスができる環境とは言えないです。

     鈴木 グラウンドが荒れていると「チーター」には合わないですね。いろいろな会場でやれた方がいいですか。

     福岡 地方の方も見る機会が増えれば、それだけ普及にもつながりますし。たくさんの場所でやれることも大事だなと思います。

     鈴木 15年のW杯の時は若い方でしたが、少しずつ、中堅、中心になってくる自覚はどうですか。立ち位置は変わっていますか。

     福岡 15年は、レギュラー争いをしていた中で、特に南アフリカ戦は出られずに悔しい思いをしていた部分もあります。最近は自分自身のパフォーマンスをきっちり上げて、レギュラーとして使ってもらえるようになってきました。もちろん、そこの場に甘んじるのではなく、その中でも、よりエースになれるよう常に成長を続けていきたいです。

     鈴木 日本代表のヘッドコーチが、エディー・ジョーンズさんからジェイミー・ジョセフさんになって方針は変わりましたか。

     福岡 大きく変わりました。エディーさんの時は、すごく厳しくて、ひたすら管理された中でパフォーマンスを発揮できるように全力でやっていた。ジェイミーさんの方は、選手たち自身が考えて臨める機会を与えてくれて。すごくやりやすいです。エディーさんの頃のようなスパルタのトレーニングは減りましたが、その中でも自分たちで強度を上げる自主性を大切にしています。

     鈴木 自分に甘い選手はいないんですね。

     福岡 そういう選手は残れないので。選考は厳しいです。もちろん、試合のパフォーマンスが悪ければ、厳しいことも言われます。自分の責任は大きいです。

     鈴木 今、日本代表やスーパーリーグのサンウルブズとしての試合が続き、年間を通してプレーするようになっていますが、体の面などどうですか。

     福岡 自分は若い方なので大丈夫ですが、ベテランの人たちやFWで体を当てることの多いことの多い選手は疲労も多い。サンウルブズは登録選手を増やして交代しながらできるよう、少しでも休みを取れるように配慮してもらっています。

     鈴木 15年のW杯の一戦以降、ラグビー熱が上がり、注目を浴びています。選手としてはどうですか。

     福岡 W杯から帰った後は、ラグビー選手をテレビで見ない日がないくらい注目してもらっていました。その中で、五輪でも4位という結果を残し、熱をさらに上げることができた。普段の試合をたくさんの人が見に来てくれるようになったり、街でも声を声をかけてもらえたりというのが増えています。ラグビーの知名度が上がっているのはすごいうれしいですね。

     鈴木 19年と20年に向けて、一部の選手もヘッドコーチも変わっています。15年、16年の良い部分をどのように19年と20年につなげていきますか。両大会を経験している福岡選手が中心となって、チームを引っ張っていくことになると思いますが。

     福岡 15年と16年のチームにあった「勝ちの文化」が大事なものだと思います。何か明確に何があるというわけではないですが、試合前の雰囲気などです。15年のW杯は、エディーさんが抑えつけるようなことを言われている中でも、選手たちで考えて意見することもあった。自主性が大事です。そこを知っている選手が新しいチームに根付かせるためにいろいろとしていきたいです。その時の経験を共有したいと思いますし、経験を生かしていかないといけないなという責任は感じています。

     鈴木 その時の話をミーティングなどで言ったりしますか。

     福岡 強く言えるほど、まだベテランの地位でないので。でも、若い人が入ってきているので、同年代とはいろいろ話すようにしています。

     鈴木 19年のW杯の目標成績は。

     福岡 やっぱりベスト8という、前回、届かなかった目標が一番の目標です。

     鈴木 今からドキドキしますね。

     福岡 あまり先のことを考えると緊張しますので目の前に集中してやっていきたいです。

     鈴木 東京五輪の目標は。

     福岡 自分の中で、トップレベルでスポーツをやるのは、20年までと決めています。そこから先は勉強をメインに、優先順位を変えます。今までやってきたもの全てを出せる、完全燃焼できる大会になればいいと思います。年齢的にも20年に28歳。一番いい時期に、日本で大きな大会が続く。その年までできれば満足と、自分の中でずっと考えていました。すごく巡り合わせがいいと思います。

     鈴木 医師になったら、スポーツ選手を見る整形外科を希望しますか。

     福岡 確定しているわけでないですが、自分がやってきた経験を生かせる場所でやりたいです。スポーツ整形を目指したいと思っています。

     鈴木 15年のW杯は控えだったと言っていましたが、その場で肌で学んだ部分はとても大きいです。これから中核になる選手として、良い伝統をつないでいく意義もあります。日本チームのリーダーとなって、チームを引き上げてください。五輪で、チームスポーツは盛り上がりへの貢献が大きく期待されています。また、スポーツと学問の二つのキャリアを目指す象徴的な選手となるので、そちらも期待したいです。引退してもいろいろな役割ができる人材になってくれると思います。頑張ってください。

     福岡 ありがとうございます。頑張ります。

    ラグビーボールを手に記念撮影に応じる鈴木大地・スポーツ庁長官(左)とラグビー日本代表の福岡堅樹=中村藍撮影

     ふくおか・けんき 福岡県出身。福岡高、筑波大を経て、16年からパナソニック所属。スピードが持ち味で、ポジションはWTB。日本が南アフリカからの金星を含む3勝を挙げた15年のワールドカップは、敗れたスコットランド戦1試合に出場。16年リオデジャネイロ五輪は、後半から投入される交代選手で存在感を発揮し、4位入賞に貢献した。175センチ、83キロ。

     すずき・だいち 千葉県出身。1988年ソウル五輪の競泳男子100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した。順天堂大卒業後に米コロラド大ボルダー校客員研究員、ハーバード大ゲストコーチなどで留学を経験。2007年に順大で医学博士号を取得し、13年に順大教授、日本水泳連盟会長に就任した。15年10月、スポーツ庁が発足し、初代長官に就いた。