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論の周辺

思想史のさまざまな読み方

 日本政治思想史研究者の苅部直・東大教授が著書『日本思想史への道案内』(NTT出版)を刊行した。書名は入門書のようなものを思わせるが、歯ごたえのある内容だ。

     まず、日本思想史という学問が、その性質上、いやおうなく政治と結び付かざるを得なかった歴史が明らかにされている。どういうことかというと、大学のアカデミズムにおいて「近代における学問としての日本思想史研究の出発点」は、「国民道徳論の講義や著作」にあった。

     東京帝国大哲学科教授だった井上哲次郎の『国民道徳概論』(1912年)が例に挙げられているが、明治の後半から昭和の戦中期まで帝国大学には国民道徳論の科目が設けられ、学生が卒業後に旧制中学などで教師として道徳を教えるための準備の場となっていたという。「当然それは、政府からの『忠君愛国』の道徳教育の要請に応え、ナショナリズム感情を通じた国民統合に寄与する学問として考えられていた」

     一方、昭和戦前期には、日本独自の「国体」と天皇に対する絶対忠誠のモラルを強調する「日本精神論」や「皇国史観」の著作が盛んに出されるようになった。35年に国体明徴運動が始まると、文部省は大学での「国体学」講座の設置を推進した。こうして「アカデミズムにおける日本思想史研究は、戦争にむかう『時局』を支える学問として、一九三〇年代の末から急速に発展をみた」。しかし、この「日本思想史」「国体学」ブームは一時的なもので、45年の「敗戦と大日本帝国の崩壊とともに、終わりを告げることになる」。

     苅部さんの本は、「日本神話」や「武士道」といった思想史上の重要なテーマについて複数の読み方を示すが、その際、哲学者の和辻哲郎と政治学者の丸山真男の「読み」を中心に取り上げている。興味深いのは、昭和初期に「日本精神」論の隆盛とともに「聖典」化していった北畠親房『神皇正統記』をめぐる二人の「読み」だ。

     和辻は聖典としての『神皇正統記』像に「正面からの批判を試みた」。『神皇正統記』は代々の天皇が伝える三種の神器が、「正直」(鏡)、「慈悲」(玉)、「智恵」(剣)の三つの「徳」を象徴していると述べているが、和辻は41年に発表した論文で剣の徳を「勇」に結びつける当時の理解を批判し、「分別判断」の思想を読み取る。つまり「力の支配」を退け「道の支配」を対置する議論で、これは日中戦争の直前から太平洋戦争期にかけての「同時代の政権に対する批判と重なりあっていた」。

     また、丸山も42年の論文で『神皇正統記』の思想史上の意義を熱烈に語っていたという。それは、「丸山の理解によれば、この『正直』の徳は『治者のみならず被治者』にも、その実践が求められると親房は説いていた」からで、「統治者が秩序の運営にあたって働かせるべき思考方法を、一般の人々もまた身につけるべきだという提言を、親房の思想からひきだした」。いってみれば民主主義的な思想の可能性をくみ出したと言ってもいいだろう。

     他にも、丸山は「武士道」を説いた書物として有名な『葉隠』に、「一人一人の個人が『コミットメント』の追求を通じて他者とかかわってゆく、ダイナミックな行動者の姿」を見いだした。苅部さんは「いわば、前近代の身分制秩序の内に生きた武士の倫理から、現代のデモクラシーを生きるための政治的な主体性につながるものを、丸山は読み取ろうと試みた」と書く。

     和辻と丸山、それぞれの読みを通して苅部さんが導き出すのは、日本思想史の奥深さであり、そこから現代的な意義を取り出すスリリングな面白さである。【大井浩一】=随時掲載

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