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著者インタビュー 赤坂憲雄 『性食考』

この世界はグラデーション、男と女もわずかな違いでしかない

◆『性食考』赤坂憲雄・著(岩波書店/税別2700円)

 食べちゃいたいほど、可愛い。この表現に触れて、何を言っているのかさっぱりわからないという人は少数だろう。しかしあらためて、“なぜ「可愛い」と「食べちゃいたい」のか?”と問われると、理路整然と答えるのは極めて困難だ。そのことの不思議と命の根源に果敢に降りていこうと試みたのが本書である。

「女性、それも若い方が熱心に読んでくださっています。私も書いている時から読者は男性ではないと考えていましたが、ここまでとは思いませんでした」

 この本には、体系的な男性原理から遠く離れ、学問の言語とも違うさまざまな女性たちのつぶやきが多数入り込んでいるという。

「冒頭近く、芥川龍之介が後に妻となる女性にあてた愛らしい手紙を引用しましたが、あれはゼミ生が教えてくれたものです。特に理由も言わずに“先生、この本読んでみて”と本を貸してくれた子がいたり、ふと、“そういえばあの時、彼女が言っていたのはどういう意味なんだろう?”と思い出す言葉があったり、ことごとく女性ばかりなんです。この本では、女性たちの繊細な言葉が力を与えてくれました」

 食べることと交わること。食と性については、生物の基礎的な欲求として、関連づけて語られることは少なくない。そして食べることは他の生命を食べること、直截(ちょくさい)に言えば殺すことと不可分であることも理解されている。ところが、食べる/交わる/殺すの三つを包括して書かれたものは極めて少なく、そのことがおそらく、本書が広く読まれている潜在的な理由になっているのではないだろうか。

 食と性と命が混然となった領域は、液体の世界だ。私たちは性の営みや糞尿(ふんにょう)が排出される場所、その近傍からこの世に生まれ、食べること=咀嚼(そしゃく)は新たな液体化でもある。そして生きることの根源に関わるこれらの事柄は日常では「汚い」こととされて抑圧されている。

「私はキーワードとしてグラデーションということを考えるようになりました。赤ちゃんは自分のうんちに並々ならぬ興味を示しますが、お尻から出てきたうんちは自分なのか自分ではないのか、どうしてそんなことが決められるでしょう? 東日本大震災で泥の海と化した町を見て、被災地の方々は、“このあたりは昔は海だったのよ”とおっしゃる。今そこにある渚は固定された海と陸地の境界ではなく、変化していて、世界はグラデーションなんです。男と女だってきっぱり二つに割れていると思っているけど、遺伝子で見たらほんの少し変わっているだけで、大半は重なっています」

 食べること、交わること、殺すこと。ここにこうして生まれてきて日々食べているなら、このことと無関係な人はいない。

「私は今回取り組んだ領域の完全な素人です。いやむしろ逆に、私たち全員が専門家と言うべきかもしれません。そこに権威なんてない。果てしない世界の扉をこの本でちょっとだけ開けてしまった気がします」

 私たちはこれから、もしかしたら身体の奥底で自分がすでに知っていることと出会い直す旅に出るのかもしれない。(構成・北條一浩)

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赤坂憲雄(あかさか・のりお)

 1953年、東京都生まれ。専攻は民俗学、日本文化論。学習院大教授、福島県立博物館館長。東北文化研究センターを設立し雑誌『東北学』を創刊。著書に『岡本太郎の見た日本』『排除の現象学』『境界の発生』など多数

<サンデー毎日 2017年10月22日号より>

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