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SUNDAY LIBRARY 著者インタビュー 桜木紫乃 『砂上』

“全員嘘つきの物語を書く”その約束は守れた気がします

◆『砂上』桜木紫乃・著(角川書店/税別1500円)

 編集者とタッグを組み、「編集者と新人がタッグを組んで単行本デビューを目指す」話を書いた。この、ヘビが自分の尻尾(しっぽ)を噛(か)んでいくような怖さ、視野の狭さ、そして視野が狭くても平気でいられる鈍感さが“桜木紫乃”の武器だという。

「本当は、自分で自分の武器をわかっちゃいけないですよね」

 桜木さんは、ヒロイン・令央(れお)の凜(りん)とした雰囲気をまといながらも、話す声は小さく可愛らしく、主人公の暗い切迫感とはほど遠い。やはりあれは小説だったのだと、ほっとするような、不思議な気持ちになってしまう。

「編集者と作家をテーマにという話は5、6年前からありました。担当編集さんは妊娠や出産を経験した今の私たちだからこそ展開できる話を読みたいと言ってくださり、私はそれに応えようと思った。書くものが間違っていないか確かめてもらいたくて、連載を続けた。ここまでこられたのも彼女のおかげです」

 北海道で『北海文学』という同人誌に書いていたが、初めて商業誌に「雪虫」という短編を投稿して新人賞をもらいデビュー。胸に花をつけて授賞式会場に向かった桜木さんを待っていたのは、「おめでとうございます」ではなく、「一番心配なのはあなたがこれ1作で終わることなんですよね」という編集者の辛辣(しんらつ)な言葉だった。「受賞はゴールではない、スタートだったんだ」と驚いた桜木さんは、「まぐれ」と言われないために書き、直木賞受章後も「これで終わり」と言われないために書き続けた。家族や同窓生といった身近な人間関係をモチーフにするからといって「私小説ではない」という矜持(きょうじ)が、複雑で深遠な物語へと向かわせる。

 本書は、江別に住む母子3代の物語。取材の経験がない令央は一人称の語りで小説世界を描こうとするが、「経験が書かせる経験なき一行を」「読んだ人が『本当かもしれない』と思う嘘(うそ)をつけ」という編集者の名言に惑わされ、励まされて、確かな嘘をつくために自分たち母娘の真実の関係を探ろうとする。しかし母親はもう亡くなっており、本当のことは誰にもわからないというミステリーの要素も含めた迷宮に読者を誘う。

「真実というのも、人がどう取るかで変わってしまうのかもしれません」

 だからこそ、ツクリモノである小説が確かな書き手にかかると、現実よりも真実を強烈に放射する鏡になっていくのだろう。そして、どんなに作っても自然に滲(にじ)み出てくるのが、故郷・釧路の海霧にけむる灰色の風景だ。文体そのものが、モノクロームの欧州映画のような存在感を放っている。

 嘘が本懐の小説を巡る話なのでどんでん返しもあるが、女たちの鮮やかな嘘に比べ、男は本当のことしか言えない不甲斐(ふがい)ない存在として描かれる。

「私自身が、それでいいと思ってるんです。令央の前夫が慰謝料を値切るのは新しい家庭を大切にしたいからですし、今の奥さんから見れば、頑張っている旦那さんです。人の数だけ物語はあるんですよね」

 全員嘘つきの物語を書く。はじめに決めた約束事は、確かに守った。(構成・柴崎あづさ)

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桜木紫乃(さくらぎ・しの)

 1965年、北海道生まれ。裁判所のタイピストとして勤務ののち小説を書き始め、2002年「雪虫」でオール讀物新人賞受賞、07年『氷平線』で単行本デビュー。13年『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞。『蛇行する月』『それを愛とは呼ばず』など著書多数

<サンデー毎日 2017年11月5日増大号より>

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