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危機の教訓

山一破綻20年/下 企業統治、あり方学べ KKRジャパン会長・斉藤惇氏

=岡大介撮影

 --1997年11月の山一破綻をどのように見ていましたか。

 ◆自主廃業は驚かなかった。営業力が弱くなり、行き詰まっていたからだ。外から見ても緊張感が感じられなかった。

 --野村証券でも年初に総会屋への利益供与が発覚しました。

 ◆ろくな年ではなかった。91年の損失補填(ほてん)問題の反省の後のことで、担当副社長としてがくぜんとした。信用が大切な仕事なので会社が潰れるかもしれないと思った。3月に私を含め経営陣は総退陣した。98年にかけて金融機関の破綻が続いたことで日本経済の成長は止まった。「失われた20年」の発火点だ。必要なコストだったが、もう少しバランスのよい対処の仕方はあったかもしれない。

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