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女は死なない

第14回 キレる人、キレられる人=室井佑月

 週末は愛媛県の松山市で過ごす。月曜は南海放送のラジオに出る日。昨日はその日だったので、のんびり昼食を取って、はり治療院ではりを打ってもらい、その足で南海放送に向かった。

     一緒に番組に出ているアナウンサーの女性が、慌てた様子であたしに近づいてきた。

    「大丈夫でした? 暴走車が出たんですよ。室井さん、月曜のこの時間帯は、お堀のまわりや、大街道を散歩してたりするでしょ?」

     なんのことかわからなかった。番組がはじまり、彼女が最新ニュースを読み上げて、ようやくわかった。

     事故を起こした車が、警察と派手なカーチェイスを繰り広げたらしい。そして、車が暴走した場所は、あたしがよくうろついている場所。

     お城のまわりの白鳥や亀がいるお堀、少しレトロな商店がつらなる大街道。車を暴走させるような場所じゃない。のんびりした松山の、さらにのんびりした空間といった感じだ。

     犯人は41歳。後部座席に母親を乗せたまま暴走していたみたいだ。

     翌日、全国ニュースで取り上げられ、改めてわかったこともあった。犯人は、アルコールもドラッグもやっていなかったという。親の面倒をよくみる、真面目で良い子だったと、犯人の家の近所の女性がテレビで語っていた。

     真面目な良い子が、なぜ突然キレたんだ? 警察によると、「ストレスがたまり、自暴自棄になり、無茶な運転をしました」そう供述したらしいが。

     今年の6月も、東名高速道路で、ワゴン車に大型トラックがぶつかって、夫婦2人がお亡くなりになった。この事故は執拗な嫌がらせをするもう一台の車が絡んでいた。嫌がらせをする男は、高速道路で夫婦の乗っていた車を止めるように仕向け、怒鳴り散らして夫婦を車の外に出した。そこに後ろからきたトラックが突っ込んでしまった。

     最近のニュースはこんなのばかりだ。札幌では弁護士ともあろう人物が、タクシー運転手にキレていたっけ。国民の模範とならねばいけない政治家も、秘書を怒鳴り散らし殴っていた。

     日本中、キレる大人が増幅している。なぜ、こうなる?

     少し前、4月の『DIAMOND online』に『キレる中高年、精神科医が指摘する哀しき理由』という、フリーライターの光浦晋三さんが書かれた良記事が載っていた。そこで、医療法人社団榎本会榎本クリニック池袋の、山下悠毅院長のブログが抜粋されていた。

     山下院長によれば、「怒りは二次感情である」そうで、「人の心の中には“不安を溜めるバケツ”があり、私たちが日常の中で感じている様々な不安はそのバケツに溜まっていきます(睡眠不足とか、将来の不安とかね)。そして、それがいっぱいになったところに別の不安が生じると、ついにはそのバケツから溢れ出し、それが「怒り」という二次感情となって出現するのです」ということみたいだ

     そこでライターの光浦さんは、キレるということに対し、こうまとめている。

    「つまり、直前に起きた出来事だけでキレるのではなく、むしろ問題の本質は、日常的にその人の心のバケツが不安で満たされてしまっていることにあるのだ」と。「不安の強い人は、無意識に『オレの日常の怒りをぶつけよう』とぶつけられる相手を探しているのだ」と。

     ってことは、八つ当たりのようなもの? 八つ当たりで殺されたりしたら、たまらない。

     そうそう、自分がキレない大人になるには、自分の進むべき方向性を明確にし、目標を持つこと、とも書かれていた。

     あたし自身、20代、30代の頃は今よりもっとキレやすかった。腹がたつことがあると、「はぁ?」と立ち上がっちゃっているみたいな。それが今では、仲間内でも穏やかな代表だ。

     40代に入って、なにが変わったかと考えてみた。仕事も生活も、先細りしながらも、安定したといえる。飲む酒が山崎の18年から、ホワイトホースになった。べつにそこにストレスは感じない。酔えればいい。

     母親が亡くなったのも大きい。分不相応な親孝行しようと、背伸びしていた。あたしは母にいっつも誉められたかったのだ。

     息子の行く末が見えてきたってことも大きいか。あと4年、大学費用を捻出するだけ。私立の医大に行きたいとか、音大に行きたいとかいいださなかったので、マンションを売り払わなくても済みそうだ。

     そうか! あたしはなぜキレなくなったか、はっきりといえる。ある日、自分の所持金から、死ぬまでかかるだろう最低限の生活費を引いてみたのだ。このまま細々と仕事をつづけていたら、イケる気がした。

     それからだ、あたしがキレなくなったのは。

     が、キレる人に対し、どうしていいのかはわからん。ライターの光浦さんいわく、キレる人は怒りをぶつける対象を探しているみたいだから、ちょっとは怖そうな雰囲気を醸し出したほうがいいんだろうか。

     でも、これから細々と生きていこうと決意し、ラフな格好でお堀のまわりを散歩するのが趣味になったあたしは、弱そうにしか見えないだろう。

     キレそうな荒ぶる心を抱えた人と、穏やかでキレられる対象になりそうな者。

     前者の苦しさは毎日のことだし、心情的にキツそうだ。やっぱあたしは、このまま後者でいくわ。

     

     

     

     

      

     

     

    室井佑月

    1970年、青森県生まれ。雑誌モデル、銀座・高級クラブでのホステスなどを経て、1997年に「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」に入選し、作家デビュー。小説家、随筆家、タレントとして多岐にわたり活動している。2000年に第一子となる男児を出産。2016年には、一人息子の中学受験と子育てについて愛と葛藤の8年間を赤裸々に綴ったエッセー『息子ってヤツは』(毎日新聞出版)を上梓。主な著書に『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花』(集英社)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)、『ママの神様』(講談社)などがある。

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