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余録

プロデビューしたころの将棋をふりかえって…

 プロデビューしたころの将棋をふりかえって羽生善治(はぶ・よしはる)さんは「無理が通れば道理引っ込む」と評している。実に荒っぽい感覚だけで勝っていたという。1手の水面下に潜む膨大な思考に思いが及んだのは後年だった▲「盤面が大海原(おおうなばら)に見える」と語ったのは将棋界の7大タイトルを手にした後のことである。指し手とは「大海原のなかのただ一本、ある場所からある場所へ行く航路を一つ見つけただけで、他の道は実際行ってみないと分からない」▲将棋の局面変化は実に10の220乗通りで、大海原どころか全宇宙の原子の数よりはるかに多いという。その宇宙でただ一つの航路を描き続けてたどりついた前人未到(ぜんじんみとう)の永世7冠の頂点である。竜王戦七番勝負を制しての快挙だった▲羽生さんが永世6冠となったのは9年前だ。この偉才にして永世7冠までにたどった道のりの長さは、成しとげたことの至難を示す。またそれは将棋界が人工知能(AI)に挑戦された9年間だった▲羽生さんはかつて「神様と将棋を指して勝てますか」と聞かれ、「神様が角落ちなら勝てる気がする」と答えたことがある。ここで言われているのは互いに手の内をさらす理詰めのゲームである将棋は神も人もAIも特別扱いのない透明で対等なゲームということだ▲盤上の宇宙に知力と霊力を尽くす棋士、そのたたずまいの美しさを自ら示してきた羽生さんの永世7冠への歩みだった。いつの日かAIは「力」と「品位」が一体化した永世7冠を夢見るのだろうか。

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