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毎日フォーラム・特集

日越農業連携 メード・バイ・ジャパニーズ・イン・ベトナム

ベトナムはコメの生産が盛ん。稲刈りの風景はハノイ郊外のあちこちで見られる(VAIO提供)

強みと弱みを補完し新プロジェクト

 農業者の高齢化と後継者不足、人口減少に伴う需要の落ち込みなど日本農業を取り巻く環境は厳しさを増している。一方で、ベトナムは肥沃な土地と若い労働力があり、近年は有機農産物への関心が急速に高まっているが、それに必要な農業技術が追いつていない。そうした日本とベトナムの農業分野の強みと足りない部分を補う日越連携の新たなプロジェクトが始まっている。

     ベトナムの首都・ハノイ。人口は商業都市のホーチミンと肩を並べる約700万人。その街角にここ数年「オーガニック」や「クリーン」「安心・安全」などの看板を掲げた食料品店が急増している。店頭にはニンジン、タマネギ、トマト、ネギ、ニラのほか、空心菜、パクチョイなどが並ぶ。値段は他のお店の1.5倍程度と高いが、その数はハノイだけで750店を超えるといわれている。

     ハノイのバスターミナルの近くに店を構える「バクトム」は、「有機野菜」や果物のほか、豚肉やエビなども販売する。オーナーの チャン・マイン・チエンさん(42)はベトナム農業大学を卒業後、オランダに留学した。大学院で農業管理を学び、修士号を取得したインテリだ。7年前に「バクトム」を開店、いまではハノイ市内に20の店舗を構える。

     大きな交差点に近い商店街の一角に開店した「ブイ・オーガニック」。まだ店舗は一つだけだが、自前の農園で英国流の有機農法で野菜を栽培している。経営者のトランさんは40代半ば。日本語を話す日本通で「これからは日本の農業のプロから有機農法を習いたい」と意欲的だ。

     こうした有機ブームの背景には、経済成長に伴う富裕層の増大がある。また、女性の高学歴化で、「子どもには安全な食べ物」という意識を持つ主婦が増えたという指摘もある。健康志向の高まりの裏返しからか、農薬や化学肥料をふんだんに使う農業への警戒心が広がっているという。

     こうした中で今年5月、「メード・バイ・ジャパニーズ」というキャッチフレーズを掲げた農業コンサルタン会社「株式会社VAIO」がハノイに立ち上がった。社名は「Vietnam Agricultural Information Office」の頭文字をとったものだ。このキャッチフレーズが示すように、ベトナムにおいて日本の農業技術者による「安心・安全」な農作物の生産に関する管理、指導を目的にしている。

     設立したのはハノイ在住24年の阿部正行氏。10年前から「VCIアカデミー」を経営している。ベトナムの有名大学出身の若者に日本語と日本のビジネスマナーを教えて、日本の中小企業に正社員として就職させる人材育成・紹介機関だ。ベトナムの若者向けに出版した「日本に行ってサムライになろう」というベトナム語の本がヒットし話題となった。

    ベトナム中部の農業地帯・ダラット市。ハウスでは多彩な野菜や花などの栽培が行われていた=2017年7月25日

    日本で有機農業の人材育成

     VCIはこれまでにハノイ工科大やハノイ貿易大などを中心とするトップクラスの大学の卒業生計約270人を日本に送り出している。最近、日本から人材の要望が増えているのは農業生産法人だ。VCI出身で日本の農業生産法人に就職しているベトナム人の若者は40人を超えた。ベトナムの若者は「まじめによく働く」「頑張り屋が多い」と評判は上々だ。すでに中堅幹部として活躍する人材が増えている。

     農業人材の紹介など阿部氏の取り組みは、ベトナムの農業専門チャンネルなどマスメディアを通じて知られるようになった。このため、阿部氏のもとには有機農業に関する問い合わせや相談が相次ぎ、VAIOの立ち上げを後押しした。

     阿部氏は今年3月、農業ビジネスへの参入を目指すベトナムのIT系会社の要望を受けて同社の社長らを東京に呼んで説明会を開いた。そこに参加し日本の先端的な農業の現状などを紹介したのは、有限会社木之内農園(熊本県阿蘇郡)会長で東海大農学部教授の木之内均氏と、野菜くらぶ(群馬県昭和村)代表取締役の澤浦彰治氏、ジャパンバイオファーム(長野県伊那市)代表取締役の小祝政明氏の3氏だ。

     イチゴ栽培で有名な木之内農園は、NPO法人「エコファーマーズセンター」を設立し、若手の農業者の育成に力を入れている。「野菜くらぶ」は原則として化学肥料、除草剤などを使わない野菜作りで知られ、産直の出荷体制づくりにも力を入れる。また、小祝氏は日本有機農業普及協会の代表理事も務める。いずれも先進的な農業者として知られる。木之内農園と野菜くらぶは、阿部氏が育てたVCI出身のベトナムの若者を社員として採用し、すでに中堅技術者として活躍する。

     VAIOは阿部氏の人脈でつながる3氏を中心に、ベトナムに「有機」を中心にした持続可能な農業技術の指導などを行う方針だ。日本人が責任をもって農作物の生産管理や指導を行い、冷蔵保存、コールド流通のシステムなども日本のノウハウを活用するという。実際の労働にはベトナム人が携わり、彼らにさまざまな技術を習得させる考えだ。

     VAIOは7月中旬に木之内氏を日本から呼び、木之内氏は阿部氏らVAIOスタッフとともにハノイ郊外と中部都市のダラットの農業地帯を視察した。視察には、ハノイで社員300人を擁するトラック製造会社の女性社長のグエン・ティ・ズン氏や 企業グループ幹部の グエン・ハイ・ディエップ氏らが参加した。ディエップ氏らは新たな事業として農業に参入することを考えており、農地の確保などを進めている。

     社会主義国家のベトナムでは、土地は国家が管理するとされ、土地の使用を希望する企業などは国から土地の使用権を取得する必要がある。ズン氏はトラック製造が韓国製の輸入車が増えて経営に明るい見通しがないと、農業への参入を目指している。すでにハノイ郊外の5ヘクタール~50ヘクタールの用地3カ所を政府から長期的に借り受ける方向で折衝しているという。

    前国家主席が強い関心示す

     そのような中で、VAIOの取り組みを人づてに聞いたという前国家主席のチュオン・タン・サン氏から阿部氏に「直接、会って話を聞きたい」と要請があった。サン氏は昨年4月まで国家主席を5年間務めたが、ホーチミン市の農場局長を歴任するなど農業の専門家だ。今年5月には南部のメコンデルタのカントー市(特別市)や自身の出身地のロンアン省の幹部を伴って来日し、岡山県や和歌山県の果樹園や果樹試験場などを視察している。国家主席を引退後も影の実力者として活動している。

    日本の農業技術を高く評価し日越農業の連携を語るチュオン・タン・サン前ベトナム国家主席=ホーチミン市のベトナム共産党事務所で2017年8月14日

     また、サン氏との面談と併せてカントー市とロンアン省からの要請で、木之内氏が8月に再度渡航。木之内、阿部両氏らはVAIOとして現地のオレンジやバナナ、マンゴーなどの果樹園や農作物の集荷場などを視察するとともに、カントー市長やロンアン省副知事とそれぞれ懇談した。両自治体は外務、農業、投資などの担当局長も同席させ、日本側からの支援に関する具体的な要望を提示した。

     阿部氏らは現地を視察後、サン氏とホーチミン市内で会見した。この中でサン氏は「メード・バイ・ジャパニーズ」のコンセプトによる支援について、「ベトナムの農業に大きな付加価値を与えてくれる」と高く評価し、「日本のプロの農業経営者が持っているオーガニック農法、コールド流通システム、冷蔵保存技術などを総合的に移入できれば、ベトナムの農業が大きく発展できる」と期待感を表明した。そのうえで最も重要なのは人材育成であると強調し、「日本語と日本の農業を習う若者を日本に送り込みたい」と述べた。

     VAIOは日越の農業連携の取り組みの第一歩として、カントー市内のカントー技術経済短期大学の敷地5ヘクタールを活用して「ジャパニーズ・ブランド」のモデル農園を作ることで基本的に合意した。畜産を含めた有機農業のノウハウを日本側が指導し、ベトナム側は労働力の確保に責任をもつことになる。同時にVAIOはベトナムの農業人材の育成を図る意向だ。さらに、VAIOにはベトナムの有力な企業グループからも協力要請が来ている。ホテルやゴルフなどのリゾート開発を進めているグループで、高級ホテルのレストランなどの食材として有機栽培の野菜が必要だという。

     ベトナムは人口9270万人。経済成長率は6.21%で1人当たりのGDP(国民総生産)は2215米ドル(2016年)。国民の平均年齢は27歳と若く、間もなく人口は1億人を突破するとみられる。米国の大手コンサルタント会社の予測では、20年には1人当たりGDPが3400ドルに達し、中間層(1カ月当たりの世帯所得が7万5000円以上)と富裕層を合せると、人口の3割を超える見通しだ。高齢化と人口減少が急テンポで進む日本とは対照的に若くてエネルギッシュな国だ。

     そのベトナムも人口の8割が農業に従事か農村に居住する農業国だ。ベトナム共産党が1986年から「ドイモイ(刷新)」政策を掲げて市場経済化を進め、農業経営の基本単位だった集団農業にも終止符が打たれた。とはいっても、経済が堅調に推移している中で、農業に関しては近代化が十分に進んでいるとは言い難い。

     日本とベトナムの2国間関係は、首脳同士の交流が頻繁に行われるなど極めて良好だ。経済協力では、日本はベトナムにとって最大の援助国であり、指折りの親日国としても知られ、来日する留学生や技能実習生も増加の一途をたどっている。ベトナムの対日貿易額は290億ドル。このうち農林水産物はベトナムから日本への輸出が約21億ドルに対し、日本からベトナムへはわずか約3億ドルと不均衡だ。

     ベトナム国民の「ジャパン・ブランド」への信頼度は極めて高い。「メード・バイ・ジャパニーズ・イン・ベトナム」は、さらに日本ブランドの価値を高めるかもしれない。「農業技術の輸出」によるバリューチェーン(価値の連鎖)が展開できるかどうか。農業の新たな日越連携が注目される。

    キーパーソンの2人に聞く

     株式会社VAIO代表取締役の阿部正行氏と木之内農場の木之内均氏の2人のキーパーソンに話を聞いた。(聞き手 石原進・移民情報機構代表)

    阿部正行氏

     --まずは阿部さんに。なぜ、「メード・バイ・ジャパニーズ」なのですか。

     阿部氏 「ユニクロ」のシャツには、タグに「made in china」と生産国が記されています。しかし、そのデザインや製法は日本の企業であるユニクロです。正確には「made by japan」ではないか。かねてから私はそう考えていました。「アイフォン」の裏側には細かな字で「designed by apple in California assembled by China」(カリフォルニアにあるアップル社で設計され、中国で組み立てられている)と彫りこみがあります。さすがにはっきりと自己主張する米国の企業です。

     私がベトナムで農業のコンサルタント会社「VAIO」の設立を考えた背景には、ユニクロのタグへの疑問とこだわりがありました。VAIOのキャッチフレーズを「made by Japan」でなく「made by Japanese」としたのは、あくまで「人」が重要だと考えるからです。農業の技術は気候や土壌によって大きく左右されます。農業は単純作業ではありません。有機農業を日本人からベトナム人に伝えることは簡単ではありません。

     --どこに狙いがあるのですか。

     阿部氏 「グローバル・バリュー・チェーン」という概念があ、経済活動もモノだけでなく価値(バリュー)の連鎖(チェーン)に着目することが必要になってきました。VAIOの農業も、バリュー・チェーンの一種と考えるができるかもしれません。ベトナムの地で行うベトナム人による農業であっても、そのノウハウを提供するのは、私たち日本人です。ベトナム側は、農業技術はもとより、農作物の加工や保存、輸送、マーケティングや販売方法など幅広い分野のノウハウを求めています。さまざまな工程の中にそれぞれバリューが存在します。

     --何が課題となるのですか。

     阿部氏 私はベトナムで10年余り人材を育成し日本の中小企業に正社員として送り出す仕事をしてきました。VAIOとして農業の技術を伝えるには人材育成が重要な課題となります。また、GAP(適切な農業の実践=農薬・肥料の使用量の項目などの基準)も考えなければなりません。日本人とベトナム人がともに土にまみれ、汗をかく中で新たな人材育成にもチャレンジしたいと考えています。

     --木之内さんに聞きます。ベトナムの農業をどう見ましたか。

    木之内均氏

     木之内氏 VAIOの要請で今回、7月にはハノイとダラット、8月にはカントー市とロンアン省などを訪問し、農場や果樹園を視察しました。皆さんから質問を数多くいただくなどベトナム側の関係者の農業の振興への思いがひしひしと伝わってきました。率直に言えば、日本の農業技術はベトナムに比べれば数段、進んでいます。日本の技術を導入すれば、ベトナムのコメやオレンジは3倍から5倍の生産量になるでしょう。日本の技術で味や品質を高めることもできます。

     --今後の可能性は。

     木之内氏 特にメコンデルタの熱帯性の果物は魅力的です。果物の成分を詳細に分析して、栄養価などに秀でた特徴があれば、ジュースやスイーツの材料などの商品価値が高い加工品ができ、近隣諸国に輸出もできると思います。農作物の保管技術や輸送、販売などでも日本は貢献できます。そのためには協同組合の組織が有用だと思います。日本の農協のような組織があれば、産業としての農業を効率的に振興できるはずです。加えて我々が目指すのは、低農薬で有機肥料を使った「おいしくて安心・安全の農作物」の生産技術を伝えることです。これは大きな付加価値になり、安心・安全の農作物はベトナム国内だけでなく。日本や東南アジアにも輸出できるようになるでしょう。

     --日本側の支援は。

    木之内氏 農家の人は理屈より実際に農作物の作り方を見せてやらないと信用しません。それは日本もベトナムも同じでしょう。だったら、小さくても「モデル農園」を作り、そこで低農薬で有機肥料を使った日本流の農業を実践すればいい。モデル農園で我々の技術で農作物を生産しながら、農業技術を現地の農家の人に普及させたい。ビジネスとして日本、ベトナム双方が利益を得られるような関係ができるよう努力したい。

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