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人生は夕方から楽しくなる

作家・吉村萬壱さん 自分の過ち忘れる、「終盤」にはありかな

「ぼおーっとしている時間が多いです。高校の先生が言ってたんです。テレビ見るくらいやったら、ぼおーっとしている方がええって。そのうち寝ちゃうんですけどね」=大阪府貝塚市で

 「人生は夕方からって、その通りや思いますね。若い人には『死ぬな』と言いたい。生きていればなんかありますから。子供がいじめで死ぬのは、周りに怖いものがあるからだと思うんですね。でも50、60になると怖いもの、なくなりますから」

     大阪府貝塚市。平屋の広い古民家を月に5万5000円で借りている。コタツ机と座椅子に白色蛍光灯。パソコンがなければ「昭和40年ごろの作家の書斎」である。天井下の壁には、自身の芥川賞作品「ハリガネムシ」(2003年)の黄ばんだ新聞広告と、なぜかその隣に女優10人がずらりと並ぶポスターが。

     50代に入り、少し楽になった。「40代で中年クライシスってあるやないですか。衰退期に入り魔が差すのか、安定した生活を捨てたい衝動が出ていました。人生全部変えたいみたいな」

     最新小説「回遊人」はそんな、かつての願望から生まれた。主人公がドヤ街で見つけた錠剤を「作家には冒険が必要や」と飲んでみると、頭は今のまま、10年前の独身時代に戻る。別の人生をと、あえて「本来の妻」に近づかず、華のある女性と結婚し、前の世界の人気小説をまねてベストセラー作家になるが、心は落ち着かない。「本来の妻」のうらぶれた人生をのぞきに行っては哀れみの涙にくれる。

     10年がたち、またもドヤ街で錠剤を拾った主人公は再び、10年前へ。結局何度も人生をやり直し、ある時は男娼(だんしょう)に、ある時は工場労働者になるが、何をしても満たされず、「もう1回、もう1回」と生き直す。

     「失敗のない人生なんてない。これを書いて、生まれ変わる気がなくなりました。仮にもう一度20代の自分に戻れても、僕は同じような恋愛や生き方をして、同じ過ちを繰り返すような気がするんです。僕の親は80代後半ですが、自分の過ちを忘れることで自分の人生を肯定的にとらえ直そうとしているように見えます。人生の終盤にはそれもありかなと思いますね」

     2年に1冊と寡作なほうだ。長編を1カ月で書き上げる集中力はあるが、発表しないことも多く、捨てた原稿は3000枚。「回遊人」の主人公も「書く熱病」に取りつかれている。書かず読まずで心安らいだ労働者時代も最後には「巨大な不安と意味不明の衝動に襲われ」猛然と書きまくり出奔する。

     「僕の場合、小説は書かずにおれないというものではない。でも日記だけは肌身離さず、昔からずっと書いています」

     きれいな字で感慨や夢をつづるだけでなく、フェリーニの映画を思わせるまがまがしくとっぴな絵で埋め尽くされている。

     「記憶と日記はかなり違います。例えば10年前の親とのもめ事が今の記憶では自分が正しいのに、日記を見ると明らかにこっちが悪い。人は思い出す度に自分に味方しては上書き保存する生き物なんじゃないですか」

     年を取るとは、記憶という装置を使い「美しい自分」を脳につむいでいくことなのか。「一定の年齢を超えると楽観的になるらしいですよ。負の面を都合よく忘れる力がついてくる」。ゆえに、夕方からは楽しいと。

     新作の主人公は、ベストセラー作家として人生を生き直すが、やはり売れたいのか。

     「でも、売れている作家を見ると、大変だなあと思います。どこでもサインしなくちゃならないし、書く以外の仕事も多いし。第1回芥川賞作家の石川達三は本屋にあるのかなあ。忘れてますよね。要は文庫本で1、2冊残るかどうか。カミュなら『異邦人』。梶井基次郎なら『檸檬』ですか。サルトルだと怪しくなっている。今ときめいていても20年たって残っているかなって人が多いから、うらやましいとは思わない。それより一冊重要な作品を残して死にたい。薄い本でいいんです」

     小説は難しい。「自分でいいと思うのと読者が認める物が逆だったり。書けたって時は、例えば村上春樹みたいな作品が書けたということなんです。それらしい物が。でも独創的な物を書いた時は、自分でも『なんじゃこりゃ』って不安になってくる。そこが難しいところです」

     小説は書くのではなく、小説が作家を選び、書かせると思っている。「だから作家は器みたいなもんで、例えば石牟礼道子さんや島尾ミホさんなんて大きな器やと思いますね」。吉村さんは? 「僕ですか? おちょこみたいなもんですよ。度量の小さいビビリで……。でもビビリだから小さなことをクヨクヨ考える。そこから小説が生まれる、いい面もあるんです」【藤原章生】


     ■人物略歴

    よしむら・まんいち

     1961年、愛媛県生まれ。京都教育大卒後、高校、特別支援学校の教員に。2001年、人間の暴力性を描いた「クチュクチュバーン」でデビュー。13年、教職を辞め専業作家に。主著に「ボラード病」「臣女」など。

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