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100年カンパニーの知恵

国稀酒造(北海道)/中 ほかで造れない酒を

タンク内の発酵具合をチェックする蔵人たち=北海道増毛町の国稀酒造で

 <since 1882>

    時とともに地域とともにいつもの酒

     現在、社名にもなっている代表銘柄の「国稀(くにまれ)」。元は「国の誉(ほまれ)」だったのを創業者の本間泰蔵が改めた。由来は日露戦争で中国・旅順攻略を指揮した陸軍大将、乃木希典(まれすけ)。地元の戦没者の慰霊碑を建立するため、乃木に面会した泰蔵はその人格に大きな感銘を受け、「希」の1字をもらう。そのままではおこがましいと「禾(のぎへん)」を付けた。「国に稀な良いお酒」は1920(大正9)年に定番の商品名として世に出された。

     しかし、会社は27(昭和2)年に初代・泰蔵が77歳で死去すると、そのわずか1年後には2代目・泰輔が44歳の若さで死去し、屋台骨が大きく揺らいだ。明治期には道内で清酒醸造10傑には入った酒造部門は縮小され、日本酒の級別制度が導入されてからは、特級、1級、2級の数種類しか造らない期間が長く続いた。

     戦中、戦後は売れなかった。日本酒の消費量がピークだった73年ごろでさえ、醸造した酒を他のメーカーに売る「おけ売り」でしのいでいた。7代目社長の林真二さん(67)は「いまだに年配の方からは『おまえの所、昔はまずかったよな』と言われる」と苦笑する。「おけ売りだったから、造りさえすればいいんだという仕事ぶりだったのだろう」

     それを変えたのは、南部杜氏(とうじ)の中里福男さんと当時の支配人の春木一康さん。「やっぱり、国稀でしか造れない酒を造ろう」。影響力のある酒屋や飲食店などを訪ね歩き、どんな酒が好まれるかを聞いて回った。行き着いたのは精米歩合。普通酒で65%、純米酒で55%、吟醸酒で50%、大吟醸は38%まで米を磨きあげ、香り高い酒に仕上げた。85年に超辛口の「北海鬼ころし」を発売。地酒ブームにも乗り、大ヒット商品となった。【阿部義正】

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