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スポーツ庁長官と語る 2020への決意:鈴木大地×荒井広宙 苦労人ウオーカーの挑戦

笑顔で対談をする鈴木大地長官(左)と競歩の荒井広宙

スポーツ庁長官と語る 2020への決意

鈴木大地×荒井広宙 苦労人ウオーカーの挑戦

 スポーツ庁の鈴木大地長官が東京五輪に向けてアスリートと語り合う「長官と語る 2020への決意」の4回目は、陸上の男子50キロ競歩で、2016年リオデジャネイロ五輪銅メダルを獲得した荒井広宙(29)=自衛隊=を迎えた。17年世界選手権ロンドン大会でも銀メダルを手にして3年後の金メダルを目指すウオーカーが、競歩の認知度が低かった頃の苦労や、日本競歩界が世界レベルに成長してきた要因などを長官と語り合った。(対談は11月28日に実施)【構成・小林悠太、写真・西本勝】

    競歩が日の目を見るように

     鈴木 ようこそ。

     荒井 よろしくお願いします。

     鈴木 昨年のリオ五輪で、日本競歩界初のメダルを獲得されました。改めておめでとうございます。当時と今で気持ちは変わってきましたか。

     荒井 メダルを取った時は現実感がなかったです。フィニッシュ直後には、カナダの選手との接触で、一時失格となったこともあり、本当にメダルを取ってしまっていいのかなという感じでした。競歩をしてきた歴代の先輩の積み重ねがあって、僕の代でメダルを取れたと思っています。最近はメダルをきっかけに、競歩界全体を盛り上げていきたいと思っています。

     鈴木 普通は、五輪のメダルで満足してしまう。僕も1988年のソウル五輪後は休みたくて仕方なくて、休んだ結果、その後の成績を残せませんでした。荒井選手は五輪翌年の今年も頑張って、世界選手権でメダルを取った。世界の中でも、表彰台が指定席になってきたのではないですか。

     荒井 五輪後、抜け殻のような気持ちになることはありました。一番良かったのは、五輪翌年に世界選手権があったこと。具体的な目標が近くにあり、切り替えられました。

     鈴木 五輪翌年に世界大会があることは大きいですね。僕らの現役時代は、水泳の世界選手権は4年に1度。陸上もそうでした。目標が先ですと休みたくなってしまう。

     荒井 頑張る理由がなくなりますからね。

     鈴木 五輪でメダルを取ると、その後、あいさつや祝勝会で忙しいですよね。その間も練習を続けていましたか。

     荒井 やれる範囲内でやりました。練習より、イベントやあいさつ回りを優先しました。両立は無理だと思っていたので、割り切りました。練習はやれる時にやろうと思っていました。

     鈴木 今年の世界選手権男子50キロ競歩は3位にも小林快選手(ビックカメラ)が入りました。荒井選手の五輪での成績が刺激になったのでしょうか。

     荒井 最初にこの流れを作ったのは、15年3月に鈴木雄介選手(富士通)が男子20キロ競歩で世界記録を出したことです。「日本人でもやれる」と日本競歩界に大きな刺激を与え、歯車が回っていきました。

     鈴木 競歩が盛り上がってきましたね。

     荒井 ちょっとずつですね。昔は「競歩」と言っても、「なに」という感じでした。街中を歩いていると、「変な走り方をしている人がいるよ」と笑われる時もありました。最近は街中を歩いていても、「あれは競歩だよ」と声を掛けられるなど周りの視線が変わってきています。ようやく、競歩が日の目を見るようになり、良い流れができてきています。

     鈴木 荒井選手のメダルで、全国の競歩選手が市民権を得たわけですね。

     荒井 それでも、まだまだ、マイナー種目です。もっと結果を示して、みなさんに競歩を知ってもらえたらいいと思っています。

     鈴木 試合では50キロですが、練習では1日にどのくらい歩きますか。

     荒井 驚かれるほどの距離でないですが、大体20~30キロで、多い日で60キロ程度です。毎日の平均距離を長くしようと取り組んでいます。

     鈴木 1キロどのくらいのペースですか。

     荒井 速い時は、1キロ3分50秒とか。1キロだけならば、3分30秒台で歩きます。

     鈴木 速いですね。僕は全力で走っても1キロ5分です。ジョギングだと6分切れればいいかなと思って走っています。

     荒井 私たちも軽めの練習では、そのくらいのペースで歩きます。

     鈴木 次元が違いますね。歩いて3分台は無理です。走るより速いわけですから。どれだけ速く歩き続けているのか分かりますね。心拍数はどれくらいですか。

     荒井 僕は(五輪種目で最も長い)50キロなので心拍数は低めです。それでも、1分間に160~170くらいを4時間近く維持して歩いています。

     鈴木 すごい。びっくりです。練習場所はどこですか。

     荒井 普段は、埼玉県朝霞市の陸上自衛隊の敷地内で練習しています。駐屯地内に1周5キロのコースがあります。駐屯地は車の往来も少なく、安全で良い環境です。

     鈴木 一人で歩いていますか。

     荒井 一人でやる時もありますが、同僚の谷井孝行さん(15年世界選手権男子50キロ競歩銅メダリスト)と一緒にすることが多いです。ずっと一人だと気持ちを維持することが大変ですので、一緒に練習してくれる仲間がいると助かります。

     鈴木 もともと陸上の長距離をやっていましたよね。競歩との出会いはいつですか。

     荒井 もともと高校の陸上部には、長距離をやるために入りました。高校2年の時、1学年上の藤沢勇先輩(16年リオ五輪代表)が全国高校総体で4位入賞しました。私は応援のため、メガホンを持ってスタンドにいました。同じ部活の先輩が全国の表彰台に迫る活躍を見て、あこがれを持つようになり、競歩を本格的に始めました。

     鈴木 長距離時代の実績はどうでしたか。

     荒井 県大会も出られないくらいです。競歩を始めてからも、高校時代は県大会で予選落ちです。大学でも、日本インカレ(日本学生対校選手権)は1回しか出ておらず、順位も10位台でした。指導を受けていた内田隆幸監督の勧めで、大学3年から50キロに取り組むようになり、そこから少しずつ芽が出ました。

     鈴木 インカレ10位台から、五輪でメダル獲得。相当に化けましたね。多くの人に希望を与えます。

     荒井 学生当時は、五輪に行けるとは、これっぽっちも思っていなかったです。他の五輪のメダリストは、全国高校総体で勝ったり、入賞したりする選手がほとんど。僕は競歩界でも学生時代の実績が最も乏しい選手です。その中でも、高校の顧問の先生や、先輩らが「荒井の競歩のフォームはいいよ」と言ってくださった。周りの方々の応援で、力や希望、やる気をもらいました。

     鈴木 大学卒業後は、石川県のホテルの所属で試合に出ていました。

     荒井 ホテルに就職したわけではないです。両親から「2年間だけなら面倒みてあげるよ」と言われ、仕送りをもらって競技を続けていました。

     鈴木 結果を出す自信はありましたか。

     荒井 内田監督からは「このままいけば、世界選手権に出られるかもしれない」と言われていました。でも、私は正直、「何を言っているんだろう。世の中は甘くないのに」と思っていました。それでも、夢に近づけるように努力してきました。言葉をかけてもらい、希望を持ってやってこられたのが大きかったです。

     鈴木 五輪を意識したのはいつごろですか。

     荒井 初出場した11年の世界選手権で10位に入った時です。次は五輪に行ってみたいと思うようになりました。最初から大きな夢を持つタイプではなく、目の前の小さな目標をずっと追いかけていたら、五輪のメダルまでたどり着きました。

    ポイントは「浮いていないように見えること」

    鈴木大地長官に、競歩界の盛り上げへの思いを語る荒井広宙

     鈴木 競歩は、どちらかの足が地面についていないといけないのですよね。

     荒井 はい。両足が同時に地面から離れた状態になると歩型違反になります。また、前脚が接地の瞬間から垂直の位置になるまで真っすぐ伸びていない場合も違反になります。でも、スロー映像を見ると、どちらの足も浮いている瞬間があります。ルールで、「人の目で見て」と書いてあるところがポイントです。究極では、浮いていないように審判から見えるかどうかが大切です。

     鈴木 競歩の歩き方は、クネクネしています。どこに負担が来ますか。

     荒井 基本的には、太もも裏やお尻がとても疲れてきます。場合によっては、膝や腰を痛めます。

     鈴木 今まで、大きなけがはありましたか。

     荒井 大腿(だいたい)骨の疲労骨折を3回ほどしました。歩き方が悪く、骨に負担がかかってしまいました。

     鈴木 負担が少ない歩き方が分かってきましたか。

     荒井 ブレーキや衝撃の少ない着地ができると、けがをしにくいです。

     鈴木 歩幅が広すぎると、ブレーキになって、負担が増しますか。

     荒井 そうです。でも、ルールを考えれば、歩幅の大きい方が審判からは膝がきちんと伸びているように見えるため、印象が良くなります。だから、足を前に大きく前に出すのではなく、後ろに歩幅を広げる感覚で歩いています。後ろに足を残すイメージです。

     鈴木 スポーツ庁では、スニーカーやリュック通勤など動きやすい服装で歩くことを奨励する事業「ファン・プラス・ウオーク・プロジェクト」を始めています。一般の方向けに負担の少ない歩き方はありますか。

     荒井 姿勢が大事だと思います。背中が丸まっていたり、反っていたりすると、負担がかかってきます。真っすぐ立つことが一番大切かと思います。

     鈴木 歩くことは最も身近なスポーツです。ぜひ、荒井さんも、応援してください。

     荒井 わざわざジャージーに着替えてなどでなく、1駅分歩くだけでも、日常をスポーツに変えられます。自分の足でどこへでも行けますし、歩きながら、いろいろな景色を楽しむこともできます。

     鈴木 練習以外でも歩きますか。

     荒井 練習でいっぱい歩いているので、普段の歩きはゆっくりになってしまいます。

     鈴木 荒井選手は、僕が五輪で金メダルを取ったころ、ちょうど生まれましたよね(ソウル五輪開幕の約4カ月前に誕生)。ソウル五輪は、日本選手団全体でメダルが計14個と今と比べて少なかったです。国のサポートもまだ少ない中、水泳は各スイミングクラブが医科学を取り入れていたため、勝つことができたと思っています。

     荒井 全国各地にスクールがあるところが、水泳と陸上の違いだと思います。

     鈴木 泳ぎ方はスイミングクラブで教わりますが、歩きや走りは自己流でできてしまう。正しいフォームを習う機会が増えていけば、速く走れる、速く歩ける人が増えていくのではと思っています。強い人は美しいとも言います。

     荒井 競歩の場合、正しいフォームでないと失格になるため、フォームの重要性は感じてきました。フォームを意識して、動きの効率性を高めれば、けがもせず、結果も向上すると思います。

     鈴木 日本の競歩が世界で戦えるようになってきた要因は何ですか。

     荒井 日本陸連で競歩の強化を担当する今村文男・五輪強化コーチが、競歩界を一つにまとめてくださった。競泳日本代表の強化の仕方に似ていると思います。所属の垣根を越えて、チームジャパンで強化していこうとしています。今村さんは富士通のコーチも兼ねていますが、所属は関係無しに、すべての情報を共有して教えてもらっています。乳酸や心拍数などの科学的な知識に基づく練習方法への指示などを受けています。

     鈴木 戦うところは世界ですからね。日本の中だけでなく、大きな視点が必要ですね。

     荒井 競歩界は競技人口が多くない分、まとまりやすいと思っています。各企業も選手が数人ずつですので。

     鈴木 世界大会で歩く時、チームとして機能することはありますか。

     荒井 今回の世界選手権では、レース中、僕が小林選手に給水を渡しました。合宿の段階から一緒に練習しているので、一体感が出てきます。国際大会本番でも、力を合わせて頑張ろうとなりますね。

    メダル量産も夢ではない

    荒井広宙との対談で、日本競歩躍進の要因を尋ねた鈴木大地長官

     鈴木 競歩は世界大会ごとに代表選手が変わり、いろいろな選手が出てきています。世界の中でも、日本の層は厚い方ですか。

     荒井 かなり厚くなってきています。一番層が厚いのは、中国とロシア。中国は競技人口も多く、国を挙げて強化していますが、日本も近づきつつあります。

     鈴木 日本がさらに強くなるためには、何が必要だと思いますか。

     荒井 以前に比べ、恵まれた環境でやらせてもらっていますが、まだまだ競技人口が少ないです。若手選手を増やすことが大事になっていきます。競歩は世界で日本人が戦える種目だと証明されていますし、僕以上に素質のある選手もいます。そういう選手を集めて、強化していけばメダルの量産は夢じゃないです。あと、専門の指導者が少ないので、指導者の育成も必要になってきます。

     鈴木 どういう人が競歩に向いていますか。

     荒井 身長は低いより高い方が、見栄えはいいです。あと、膝がよく伸びる選手は、審判の印象がとてもいいです。

     鈴木 審判への印象に気を使っていますね。

     荒井 審判から失格を受けてしまえば、順位も記録も付きません。速さよりもフォームが一番大事です。五輪に出場できても、失格して国に帰る選手が多い。努力して、ようやくつかんだチャンスで失格をすることは見ているこちらもつらいです。まずは失格しない選手になることが大事です。

     鈴木 スポーツ庁に何か要望などはありますか。

     荒井 11年の初代表当時と比べると180度変わり、とても恵まれた状況になりました。11年のころは、世界選手権に向けた代表合宿でも、付き添いはコーチ1人とトレーナー1人だけと少数でした。いまは、科学担当など多くのサポートスタッフが付いていただけるようになり、盛り上がりのある雰囲気で練習をやらせていただいています。世界大会でメダルを取る前の時期からの変化を目の当たりにしているので、とても幸せに感じています。

     鈴木 苦労もされて、厳しい環境下でも頑張ってきたのだと分かりました。東京五輪の目標は何ですか。

     荒井 昨年のリオ五輪で銅メダル、今年の世界選手権で銀メダルと来ていますので、東京五輪では金メダルを目指したい。それくらいの気持ちでないと、最低限のメダルも取れないと思っています。少なくとも金メダルを取れる実力を身につけ、最高の状態で本番に臨めるようにします。

     鈴木 東京五輪へ向け、世界のトップを取るために何をしないといけないですか。

     荒井 今年の世界選手権の優勝はフランスの選手で39歳でした。約8分の差を付けられていて、現段階ではすべてにおいて負けてしまっています。それでも、競歩を始めた時に弱かった自分が少しずつ成長して、ここまで来られました。日々の積み重ねを大事にして進めていくことが東京五輪で優勝を狙う一番大切なことだと思っています。

    競歩のフォームの特徴などを語り合った鈴木大地長官(左)と荒井広宙

    あらい・ひろおき 長野県出身。福井工大卒業後に50キロ競歩で頭角を現し、2013年に自衛隊に入隊。15年世界選手権で4位入賞し、初出場した16年リオデジャネイロ五輪で日本競歩界初のメダルとなる銅メダルを獲得。今年の世界選手権でも日本競歩界史上最高成績の銀メダルを取った。日本選手権は15年と17年に2回優勝している。

    すずき・だいち 千葉県出身。1988年ソウル五輪の競泳男子100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した。順天堂大卒業後に米コロラド大ボルダー校客員研究員、ハーバード大ゲストコーチなどで留学を経験。2007年に順大で医学博士号を取得し、13年に順大教授、日本水泳連盟会長に就任した。15年10月、スポーツ庁が発足し、初代長官に就いた。