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上海列車事故 29年後の真実

第4章<9> 学芸高が最後通告、遺族が激怒

高知学芸高校側の弁護士が連名で遺族側弁護士に送った通知書

 私が上海列車事故に関する取材を始めた時、参考にした記事がある。ノンフィクション作家の野口均(当時の筆名は野口雄一郎)が書いた「上海列車事故から一年 遺族たちの『怒りの遣り場』」だ。先輩記者から引き継いだ資料の中に、この記事のコピーが入っていた。老舗の月刊オピニオン雑誌「諸君!」(文藝春秋発行、2009年休刊)に掲載されたもののようだ。1989年1月ごろまでの情報が書かれてある。

 この中に、遺族会副会長の坂本源一のコメントがある。

 「我々は、自制してきました。子供たちがプライドをもって通っている学校です。グシャグシャになったら我々も困る。しかし、今は情けない気持ちです。学校はキチンとした話し合いに応じないクセに我々が何か言うと、無理難題を言っているような風聞が流される。現場に先生が2人しか残らなかった。あなたの子供が閉じ込められてたら現場を離れられますか? 責任を明確にして話してほしい」

 記事から推察すると、23組の遺族が西村真悟ら大阪の弁護士を通して、学校側と協議していた時期のようだ。

 西村らは88年11月24日、学校側に通知書を送り、「修学旅行での安全配慮の義務を怠るなど過失責任がある」と学校側の法的責任を主張した。ただ、この時点では「裁判ではなく、話し合いによる円満解決」を目指していた。

 その後、弁護士同士の交渉が暗礁に乗り上げた。

 88年の暮れ--。

 西村あてに一通の書類が届いた。学校側弁護士3人の連名で、以下の内容が書かれてあった。数字を洋数字に置き換えた以外、原文をそのまま記す。

      ◇

 一 去る12月17日の交渉の経過を踏まえまして、学校において重ねて検討致しました結果、最終的に次のとおり決定しましたので、御通知申し上げます。

          記

 提示額 中国からの損害賠償金を除き、

         死者一名につき、金4400万円

   内訳

 1 J・T・Bの死亡保険金   金1500万円

 2 日本体育・健康センターの給付金

                 金1400万円

 3 義援金からの配分予定金    金700万円

 4 学校からの見舞金       金800万円

           (支払済の200万円を含む)

 尚、学校としては、右3、4を併せて金1500万円を拠出することにしていますので、義援金からの分配予定金に変動があれば、合計金1500万円になるよう学校からの見舞金にも変動があります。

 二 学校と致しましては、本件事故につき、法律上の責任は存在しないと確信致しており、右提示額は最終的なものであります。

 従って、右提示額による解決が不可能な場合には、金額をめぐっての爾後の交渉は無意味と存じますので、交渉を打切らせて戴かざるをえないと思料致します。

 尚、その場合には、右学校からの見舞金の提示額は、支払済の金200万円を除き、白紙撤回致すこととなりますので、予め御了承の程。(以下略)

      ◇

 「最終決定」とする12月27日付の通知書だった。

 威嚇するような文言が、遺族の心情を逆なでした。「学校が対決姿勢を見せるなら裁判に持っていくしかない」「1審はやむを得ない」。被害者支援のために寄せられた全国からの義援金を「学校側の拠出」とする態度も許せなかった。

 遺族と学校の溝が深まるなか、上海列車事故の起きた1988年、いや昭和63年が幕を閉じた。

 昭和64年もわずか7日間で終わり、時代は平成に移った。

 新時代になって早々、23組遺族のうち、提訴の考えのある者は西村らに手続きを委任することになった。23組は(1)提訴(2)和解(3)保留に分かれ、20組が1月14日、委任状を提出した。

 この翌日だった。15日付毎日新聞大阪本社版1面トップに「生徒の両親40人、学校相手に総額7億2000万円の賠償請求へ」という特ダネ記事が掲載された。遺族側が「学校側は下見をしないなど修学旅行の事前調査義務を怠り、生徒の安全に配慮しなかった重大な過失がある」として、学校と校長の佐野正太郎に1遺族あたり約3600万円の損害賠償を求めるという内容だった。

 私はこの記事が出てから4年後、情報をリークした遺族会幹部から次のような内幕を聞いた。

 「みんな『学校のずさんさを公表して、責任の有無を世に問うべきだ』という思いを持っていましたね。ただ、一部では和解を望む声もあったんです。『数は力』ですからね、報道によって『大勢で裁判するぞ』と見せて、学校を圧迫し、そして落としどころを探るという必要もあったのです」

 学校をけん制し、出方を見極めるためのリークだった。

 だが、いざ裁判という状況になって、遺族の間にほころびが生じ始める。

 子供が好きで通った学芸高を訴えることへの心理的な抵抗。子供が併設の中学に通っていたり、学芸高への進学を希望したりする例もあった。地元財界の大物を背後に擁する学芸高を敵に回すことへの戸惑い。リーク記事が掲載された後には「中国からの補償額が少ないため、遺族が学校から受け取るカネをつり上げようとしている」との誤解まで広がった。

 土壇場になって保留組が相次いだ。どの遺族も「学校を許したわけではない」と言いながらも、それぞれの事情から提訴まで踏み込まなかった。学校側も提訴を思いとどまるよう個別に遺族を説得した。対中国交渉団長の岡村勲も、遺族側に学校との和解を要望した。学校側と個別交渉を進めていた遺族が、別の遺族に示談を進めるケースさえあった。

 上海列車事故から1年になるのを前に、遺族間の結束にほころびが生じていた。(敬称略)=つづく

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