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水説

文明を衰退させない=中村秀明

 <sui-setsu>

     「なんと、洗練された人たちなのだろう。粗野で品のない私たちの国に比べ、この国にはちゃんと文明が根付いている」

     この国とは日本のことである。スイスに住む実業家ジャクリーン・フマガリさん(70)が初めて日本を訪れた時の感想だ。15年前だった。

     フランスに生まれ、日本のブランド衣料を欧州で扱うビジネスを手がけてきた。夫はかつてベネチア国際映画祭の運営にもかかわっていた。世界各地に足を運び、多くの国と人を知っている。

     そんな彼女が十数回目の来日をした今月、たまたま知り合いになった。東京の日比谷公園を歩きながら「前世があるとしたら、このあたりの植物だったような気がする。この国にいても、知らない国に居る感じがまるでしないから」と笑う親日家である。

     だが彼女はある時、残念そうな口調で語り始めた。

     「道でぶつかりそうになっても、『ごめんなさい』とも言わずに行ってしまう人が多くなったわね」

     「白いつえをついた人が電車に乗ってきても、子どもたちが大きな顔で座っている。大人はみんなスマートフォンに見入って、だれも気づかず、注意もしない。なぜ?」

     かつては体験しなかったこと、目にしなかった光景だという。「きっと日本はだんだんヨーロッパのようになりつつあるのね」と嘆いた。思いやりとたしなみ、他人への関心や気づかいにあふれていたころとの差は大きいようだ。

     そんな話を聞いた後、ある事故が報道された。

     川崎市内で女子大生の乗った自転車が、歩いていた77歳の女性に衝突、女性は頭を強く打って死亡した。女子大生は左手でスマホを操作し、右手に飲み物を持ちながらハンドルを支え、左耳にイヤホンをしていたようだ。「ぶつかるまで女性に気づかなかった」と話しているという。

     この女子大生が特別な存在なのではない。胸に手をあてれば、日ごろの振る舞いはほめられたものではない。

     そういえば、以前よりも気づかないことが増えた。知りたいことや見たいもの、心地いいものだけに注意と関心を払い、周囲にいる人の存在すら頭から消し去っていることはないだろうか。

     女子大生も、実は私たち自身の姿なのだろう。ジャクリーンさんの言葉を借りれば、築き上げた文明がほころびつつあるのかもしれない。自らの文明を衰退させぬよう、何ができるか問い直したい。(論説委員)=次回は1月10日に掲載します。

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