メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

九州豪雨

被災した古里 自宅で避難者年越し 福岡・朝倉

自宅から被災した集落を見つめる井手巽さん。「元のような集落にしたい」と話した=福岡県朝倉市で2017年12月31日午後3時、徳野仁子撮影

 昨年7月に福岡、大分両県を襲った九州北部豪雨の被災地はいまだ復興の途上で、仮設住宅など自宅外で避難生活を送る被災者は約1300人に上る。

     福岡県朝倉市杷木松末では31日、市外のみなし仮設住宅で暮らす井手巽さん(75)一家3人が住み慣れた自宅で正月を過ごしたいと、豪雨の爪痕が生々しい古里に戻ってきた。

    戻ってくるけんね

     大みそかの31日、昨年7月の九州北部豪雨で大きな被害を受けた福岡県朝倉市杷木松末の乙石集落に井手巽さん(75)の姿があった。同県久留米市のみなし仮設住宅で避難生活を続けるが、「せめて新年は自宅で迎えたい」と一時的に帰宅した。乙石集落は被災地で最も復旧が遅れた地域だが、古里の再生を願って傷んだ自宅に明かりをともした。

     井手さんは自宅で妻アイコさん(73)と長男保典さん(50)の3人暮らしだった。青果商を営みながら子供2人を育て上げ、最近は自宅近くの約0.5ヘクタールの田畑を保典さんと耕す日々を送っていた。

     豪雨当日は濁流が自宅を襲い、帰省していた長女明子さん(47)も含めた4人で家の中にいて周囲の家が次々と流されていくのを見て死を覚悟した。自宅はかろうじて残ったものの敷地の一部が崩落し、豪雨の2日後にヘリコプターで救出された。自宅は大規模半壊の判定を受け、避難所を経て久留米市内のみなし仮設住宅で生活を始めた。

     豪雨から約2カ月後に集落へ通じる道路が仮復旧すると、でこぼこ道をたどって自宅に通い始めた。「(仮設住宅の入居期限の)2年先まで構わんでおいたら、本当に住まれんようになってしまう」。災害ボランティアの力も借り、自宅で泥出しなどを進めた。

     乙石集落は犠牲者が集中した赤谷川の支流の乙石川沿いにある。今も集落の多くが土砂に埋まったままで、住民はちりぢりになった。井手さんは「小さな集落。みんな家族みたいな存在だった」と目を伏せる。集落への送電は約半月前、水道も数日前から使えるようになったばかりだ。

     31日、井手さん一家3人は自宅の周りを掃除したり、神棚に供え物をしたりして新年の準備を進めた。集落には、井手さんの他にも家屋の修繕のために未舗装の道を上がってくる人たちがいる。「自分たちがここにいたら、みんなもホッとしてまた戻ってきてくれるんじゃないかと思う」

     豪雨前の昨年3月、母キクエさん(当時103歳)を亡くした。母がいない初めての正月。近所の人にもらった年越しそばを湯がいて仏壇に供え、語り掛けた。「母ちゃん、必ず戻ってくるけんね」。井手さんはそう誓って手を合わせた。【青木絵美、下原知広】

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. Dr.北村が語る現代思春期 日本人の性器は特別? 包茎こそ自然なのです
    2. 佐藤エリ カラコン愛用のノンノモデルに「目の表層障害」が…
    3. 未成年者誘拐容疑 佐賀の中2女子を相模原の自宅に泊める
    4. 大雪 転倒で67人が救急搬送 いずれも軽傷
    5. 天気 東海地方、23日に岐阜や三重山間部に大雪の恐れ

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]