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高校ラグビー

京都成章の相根さん、親子でチーム引っ張る

試合後、長男・相根大和選手(右)の活躍をねぎらう相根英樹FWコーチ=東大阪市花園ラグビー場で、2018年1月3日午後1時2分、礒野健一撮影

 ○桐蔭学園36-14京都成章●(準々決勝・3日)

     第97回全国高校ラグビー大会に出場した京都成章(京都)のフォワードコーチ、相根(さがね)英樹さん(45)とフッカーの大和選手(3年)は、親子でチームを引っ張った。英樹さんは同校OBで、花園優勝の夢を長男に託していた。3日は桐蔭学園(神奈川)との準々決勝で敗退したものの、大和選手は「仲間と、そして父と一緒だった3年間は一番幸せだった」と振り返り、進学する大学での活躍を誓った。

     「父と一緒にプレーできる最後の機会。優勝して胴上げする」。大和選手は意気込んで試合に臨んでいた。英樹さんが主将となった1990年、現在の湯浅泰正監督(53)が就任し「日本一になる」と抱負を述べたが、「まだ弱小校で冗談にしか聞こえなかった」と英樹さん。この年も京都府予選で敗退した。

     しかし、湯浅監督は理論的な練習を続け、チームは徐々に力をつけた。英樹さんも大学卒業後の95年からコーチとなり、監督を支えた。2001年、花園に初めて出場した。

     この年の府予選決勝の場に、2歳だった大和選手もいた。「僕の中で一番古い記憶」と言い、当時の選手に抱かれた記念写真も撮影してもらった。大和選手は小学校でラグビーチームに所属し、当たり前のように「京都成章で花園に」と夢見た。京都市立伏見中では日本一も経験。成章ラグビー部に入った。

     だが、レベルは高かった。身長170センチとフォワードとしては小柄。「食べるのもトレーニング」と体重を入学時の68キロから90キロに増やし、強い足腰を作り上げ3年でようやくレギュラーになった。

     親子は学校で指導者と選手の立場を貫いたが、家では試合や練習で気付いた点を互いに指摘し合い、ラグビー談議に花を咲かせた。

     「後半は精神的に動揺してしまった」。3日の試合後、大和選手の涙はしばらく止まらなかった。英樹さんに「よくやった」とねぎらわれると、少しだけ満足そうにうなずいた。親子の大会は終わり、英樹さんは息子の背中を誇らしげに見つめて言った。「大和はここで終わりではない。大学でもさらに上を目指して伸びていける」【礒野健一】

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