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幸せの学び

<その186> 月の沙漠=城島徹

御宿海岸の「月の沙漠像」

 「月の沙漠(さばく)を、はるばると 旅の駱駝(らくだ)がゆきました。金と銀との鞍(くら)置いて、 二つならんでゆきました……」。中東やサハラ砂漠周辺ではイスラム過激派のテロが頻発しているが、ラクダに乗って悠然と砂丘を進む王子と王女の「月の沙漠」はロマンあふれる日本の名曲である。

     千夜一夜物語に出てくるような異国の砂漠への想像をかきたてる「月の沙漠」は叙情画家、加藤まさを(1897~1977年)が作詞した。彼は大正中期から昭和初期にかけて「少女倶楽部」「令女界」「少女画報」などの少女雑誌に憂いを含む美しい少女の絵と歌詞を添えて少女たちの人気を集めた。

     病弱だった加藤は夏になると保養のため、千葉県外房の御宿海岸で過ごした。大学生だった1921(大正10)年、砂丘の幻想から曲想を得て「金の鞍には銀の甕(かめ)、銀の鞍には金の甕……」と続く詞を書いた。佐々木すぐる(1892~1966年)が曲にし、ガリ版で楽譜を書いて全国に配って歩いた。関東大震災の直後には国民に幅広く知られ、昭和に入ると流行歌のような爆発的ヒットとなった。

     加藤は御宿を訪れるたびに内山保という少年と遊んだが、23(大正12)年9月1日の関東大震災以後、多忙となって訪問は途絶えた。40年余りの月日が流れ、加藤は御宿町商工会長となったかつての内山少年から1通の手紙を受け取る。

     懐かしさから交流が再開し、内山は加藤に「月の沙漠」が御宿で生まれたことを記念する像を建てたいと伝えた。加藤は快諾し、69(昭和44)年7月、御宿の海岸にラクダで砂丘を旅する王子様とお姫様の像が建立された。

     除幕式には数千人の観客が訪れ、ペギー葉山の熱唱に感激した加藤はこうあいさつした。「僕は、ほんとに運の好(い)い男であります。もしも、僕が御宿へ来なかったら、こんな立派な記念像は、永遠に建たなかったでありましょう。御宿の皆さん、ほんとうに有難(ありがと)う」

     その後、終(つい)の棲家(すみか)を御宿に得て移り住んだ加藤は「御宿へ来て、やっぱり良かった」との言葉を残し、80歳の生涯を閉じた。

     御宿の海辺に二つのラクダのシルエットが浮かび上がる。王子様とお姫様を乗せた「月の沙漠像」である。「自由教育」の名のもとで新しい童謡や童話が作られた大正時代。そのやさしい調べが外房の潮騒と溶け合い、悠久の平和を奏でている。【城島徹】

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