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寄贈

藩士・山川浩ゆかりの品 「会津の知将」貴重な資料 和歌山・中野家、会津若松市に 今春、一般公開へ /福島

会津若松市に寄贈された会津藩士・山川浩の資料=会津若松市で

 会津藩士で「会津の知将」と称された山川浩(1845~98年)ゆかりの品が16日、会津若松市に寄贈された。戊辰(ぼしん)戦争勃発の一戦となった1868年の鳥羽伏見の戦いの敗走中、熱病にかかった山川を手厚く看護した和歌山県御坊市の中野家が所有していた資料で、会津若松市の担当者は「会津藩士が苦労して江戸の会津藩邸に帰還したことを具体的に表す貴重な資料」と評価している。今春に一般公開する予定だ。【湯浅聖一】

     山川は会津藩で家老を務めた山川家の長男。若くして家督を継ぎ、藩主・松平容保(かたもり)が京都守護職に就くのに伴って上洛した。戊辰戦争後は斗南藩で大参事となり、その後は陸軍少将、貴族院議員に、98年には男爵に叙せられた。

     戊辰戦争では、鳥羽伏見の戦いで会津藩を率いたものの、敗れて退却。藩士約1800人とともに紀州に落ち延び、小松原村(現和歌山県御坊市)にたどり着いたところで熱病にかかった。当時、紀州藩からは敗走兵をかくまわないように通達が出されていたが、中吉旅館の主人・中野吉右衛門の母でおかみのおこうが献身的に看護し、命を救われて江戸の藩邸に帰った。

     寄贈された資料は、山川が明治政府の役人などになっていた82~89年に中野家の恩義に報いようと、吉右衛門に宛てた感謝の手紙や九谷焼の大皿など9点。山川が学事巡視で和歌山に再訪した際に土産として贈った会津塗りのわんや、大水害時の見舞状などが含まれている。

     吉右衛門のひ孫にあたる中野健さん(64)=横浜市戸塚区在住=が、空き家となっていた実家を調べて発見。今年が戊辰戦争から150年になることから会津若松市への寄贈を決めた。中野さんは「親などからも聞かされていなかったので驚いている。ゆかりのある会津若松市と歴史を共有し、交流につながれば」と話している。

     市教委文化課の近藤真佐夫主幹は「会津藩が戊辰戦争で『賊軍』と言われたにもかかわらず、親身になって世話や交流を続けてくれたことに感謝したい。山川の資料は地元でも少ないので、今後資料を分析したい」と話した。市は4月下旬にも市歴史資料センター「まなべこ」で一般公開したい考えだ。

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