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そこが聞きたい

暗殺から70年 ガンジーに学ぶ 宗教に「寛容さ」不可欠 東京工業大教授・中島岳志氏

 インド独立の父、マハトマ・ガンジー=1=が暗殺されて30日で70年。「非暴力・不服従」の抵抗運動の行動原理は自ら信奉するヒンズー教の哲学に基づいていたが、イスラム教など他宗教にも寛容な姿勢を貫いた。排外主義や偏狭なナショナリズムが広がる現代、学ぶべきことは何か。政治学者でインド研究者の中島岳志・東京工業大教授(42)に聞いた。【聞き手・松井聡、写真・根岸基弘】

    --ガンジーが現代に残した教訓は何でしょうか。

     西洋の近代政治が自明のこととしてきた政教分離、つまり政治と宗教を分けるべきだという考え方に対して、「それではさまざまな問題の根本的な解決はできない」と考えたことではないでしょうか。

     1946年、インドで英国からの独立運動が活発化する中、ヒンズー教徒とイスラム教徒の暴動が起こりました。ガンジーは断食することで、暴動を止めることに成功しました。断食はさまざまな宗教が実践している宗教的な行動です。当時、テレビは普及していませんから、人々は彼が飢えて衰えていく姿を想像し、争いをやめました。

     30年には英国植民地政府による塩の専売制に抗議して「塩の行進」を行います。ルンギという1枚の布を着て、製塩するため海岸まで300キロ以上を歩きました。巡礼を思わせる行動です。終着点に着いた時、ガンジーの後には長さ10キロにも及ぶ人の列が続いていたそうです。独立運動の重要な転換点になりました。

     つまりガンジーは、ある種の宗教的な意識を人々に想起させることによって紛争や問題を解決した。最終的にはヒンズー教のインドとイスラム教のパキスタンが混乱の末に分離してしまいましたから、目的は達成しなかったかもしれません。ただ、いったんは暴動を止めるなどの効果があった。「ご飯を食べないで紛争が解決できる」なんてどの西洋の政治学の本にも書かれていません。だからこそ、ガンジーの哲学が重要だと思うのです。

    --ガンジーの宗教的に寛容な姿勢はどこから来たものでしょうか。

     極めてアジア的なものだと思います。彼は宗教を山に例えて、「山の頂(真理)は一つだが、登り道(宗教)はいろいろある」と言う。つまり、真理の唯一性とともに、真理に至る道の複数性を認めようと主張するわけです。私は「多一論」と呼んでいます。ヒンズー教もイスラム教もキリスト教も仏教も結局のところ真理は同じで、信仰形態が違うのは地域的な差異に過ぎないとする考え方です。哲学者の西田幾多郎も同じことを言っています。一方、西洋哲学はこのような考え方はしません。「違いは認め合いましょう。共存しましょう」とは言いますが、異なる他者との共通性は認めません。ガンジーは宗派を乗り越えて普遍性を認めたからこそ、さまざまな人々から支持されたのではないでしょうか。

    --現在のインドでは、ガンジーの哲学に反して、イスラム教徒と対立するようなヒンズー・ナショナリズム=2=が拡大していると指摘されています。

     私は「苦悩のグローバル化」と呼んでいますが、インドだけでなく世界的に家族や地域、共同体の関係性が希薄になり、自己を位置づけてくれる存在、自己を承認してくれる存在が失われているわけです。流動化した社会では、自己を定義付け、承認してくれるナショナリズムのようなものが蔓延(まんえん)しやすい。ヒンズー・ナショナリズムだけでなく、欧州で若者が過激派組織「イスラム国」(IS)に参加する現象や、移民排斥を訴える排外主義の拡大、トランプ米大統領の誕生なども根っこは同じだと思います。

     ポーランド出身の社会学者のジグムント・バウマンは、先行きの不透明な社会で不安を抱えた人々が期待と失望を繰り返し、気持ちが高揚したり落ち込んだりする状況を「社会のカーニバル化」と言っています。お祭りのように熱狂しやすい社会のことです。世界で起きているのは、熱狂した人々がナショナリズムを通してつながる現象ではないでしょうか。

    --格差が拡大、人々が不満を抱いているからだとの指摘もあります。

     ナショナリズムは「国民の平等」や「国民主権」を求める中で西洋で生まれました。フランス革命は顕著な例で、「国家は国王のものではなく、国民のものである」という主張でした。つまり、ナショナリズムは平等性という概念と密接に結びつく考え方なんです。ですから、格差が広がった現在のような社会では、既得権益を批判するいわゆる「ポピュリズム(大衆迎合)政治家」と手を組みやすい。

     ナショナリズムは良い面では、権利平等を求める民主的な主張になりますが、悪い面で見ると、政治思想史学者の丸山真男が言う「引き下げデモクラシー(民主主義)」(他人を引きずり下ろすことで満足を得る民主主義)として働いてしまう。「政策が移民に甘く不公平だ」などと、恩恵を受けている弱者に対するバッシングが起こる。現在の欧州ではナショナリズムの悪い面がポピュリズムと結びつき、移民排斥の主張や強い民族主義が表れていると思います。

     スペインの思想家、ホセ・オルテガは29年の著書「大衆の反逆」で「熱狂しやすく画一的でぶれやすい人々」を「マスマン(大衆)」と呼びました。マスマンは「他者と合意形成する粘り強さを失い、自身の欲望を実現してくれそうな代理人(政治家)を選ぶ」と指摘し、ナチスに代表されるファシズムや全体主義の台頭を予測しました。現在は当時の社会状況と少し似ているかもしれません。

     だからこそ、ガンジーが実践したように、宗教が民主主義の中で果たせる役割を問い直す必要がある。人間は本質的には宗教的な側面を持った存在で、宗教の役割は小さくないはずです。

     ただ、特定の宗教が政治に入り込めば政治は寛容性を失います。宗教が過激なイデオロギーを掲げるのも危険です。そうではなくて、人々を結びつけて社会の土台を形成し、政治課題を話し合う「共同体としての宗教」が必要とされているのではないでしょうか。

    聞いて一言

     仏思想家トクビルは「多数者の専制」という言葉で民主主義の危うい側面を指摘した。多くの人が感情に流されると、慎重で抑制された政治的発言は排除される。ヒトラーのナチスが典型だ。一方、宗教団体などの「アソシエーション(国家と個人の中間的組織)」が対抗手段になると分析した。だが、宗教が寛容さを失えばナショナリズムと結びつき「多数者の専制」と同様の事態が起こる恐れがある。民主主義の中で宗教が健全に機能するには、ガンジーの唱えた寛容さが不可欠だ。


     ■ことば

    1 マハトマ・ガンジー

     1869年10月2日、英国植民地だったインド西部グジャラート州生まれ。英国で弁護士資格を取った後、南アフリカでインド系住民の権利擁護活動に従事。その後帰国し独立運動を率いた。若い頃は信心深くなかったが、南ア時代に信仰を強めた。1948年、「イスラム教との融和」に反発したヒンズー至上主義者の男に射殺された。

    2 ヒンズー・ナショナリズム

     ヒンズー至上主義とも。西洋近代文明やイスラム教を批判し、ヒンズー教徒が卓越性を持つと考える思想。1925年に思想の実践・普及組織「民族奉仕団」(RSS)が発足。インドには思想の浸透を図るRSS関連団体が多数ある。現在の政権与党インド人民党(BJP)はRSSを母体とする政党で、モディ首相もRSS出身。


     ■人物略歴

    なかじま・たけし

     1975年生まれ。大阪外国語大卒、京都大大学院博士課程修了。北海道大准教授を経て、現在は東京工業大教授。専門は南アジア地域研究、近代日本政治思想。著書に「ナショナリズムと宗教」「保守と立憲」など。

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