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SUNDAY LIBRARY

著者インタビュー 養老孟司 『遺言。』

死ぬことは生きることの一部 投げやりになってほしくない

◆『遺言。』養老孟司・著(新潮新書/税別720円)

 雪の積もる日だった。白くしなだれる木を窓外に、どうして木はあのように枝を広げたのだろうと問いを投げかけられる。養老さんは満ち足りたように木を眺めていた。

「あの木は問いであり答えです。複雑な問いを解いた答えに触れると、人間は気持ちがいい。安定平衡点といって、エネルギーが最小でいられるんですね」

 人間には意味を求める習性がある。わかりたい。わかって安心したい。なぜなら、わからないものは面倒くさいから。

「今の人間は、何でもわかると過信しています。丸の内のオフィスを見てください。無駄な物がひとつもない。意味がわかるものとして空間をつくっている。世界が逆転していますよ」

 意識で処理できる情報としてものごとを手なずけ、感覚を刺激する複雑なものを排除する。そのように都市はできている。

「僕は山を歩いていて、ばったり人に出くわすとうれしい。でも今は、知らない人が煩(わずら)わしかったり怖かったりする時代でしょう? 人間の価値が下がってしまったんですよ」

 養老さんは都市と田舎を行き来する。大好きな昆虫を追いながら、道で蹴つまずいた石に無意味を見いだす。自然はわからなさの宝庫だ。無意味なもの、意外なもの、意のままにならないものに触れなければ、人間はこのまま自分たちの価値を下げていくだろう。そんな警鐘を養老さんは「遺言。」と呼ぶ。

「都市と田舎で定期的に暮らすといいですよ。『平成の参勤交代』と僕は呼んでいるんですけどね。国土交通省の委員会で提案したときは、『贅沢(ぜいたく)だ』といって相手にされなかった。でも実際に探してみると、二百万あれば買える家もある。みんな本気で考えていないだけですよ」

 語りはあっけらかんとユーモラスだが、社会にたいするドライな不信を感じた。ふと本書の一カ所を思い出す。敗戦直後、教科書に墨塗りをさせられた体験だ。昨日まで大事に教え込まれていたことが、今日になるとさっぱりと消される。養老少年7歳のときだ。

「理屈でなく体感で残っていますね。一世代前は軍国主義を叩(たた)き込まれましたが、僕らはそれがないんです。だから、あまり深刻になれないというかな。変わることにこだわりがないんですよ」

 変わらなければ生きられない。しかし、こだわりが人を苦しめるのを見たのだ。だから養老さんは与えられる問いを信じず、自分で問いを立てて自分で答えていく姿勢を鍛えた。

 なぜ人間はこのような社会を構築したのか。ヒトと動物の違いや、脳の働きなど、ずっと抱いてきたテーマがひとところに繋(つな)がったのが本書である。「年を取るということは、若くから向き合ってきた問題に答えること」と養老さんは言った。

 西部邁(すすむ)氏が死去した翌日だった。最後に自殺について聞いた。

「即身仏のように長い時間をかける意志の固さがあるのなら、一概に否定はしません。人生はきめ細やかなものですよ。それに比べると、多くの自殺は出来心みたいなもの。死ぬことは生きることの一部です。投げやりになってほしくないですね」

(構成・五所純子)

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養老孟司(ようろう・たけし)

 1937年、神奈川県生まれ。62年、東京大医学部卒業後、解剖学教室に。現在、東京大学名誉教授。著書に『形を読む』『からだの見方』『唯脳論』『バカの壁』『養老孟司の大言論1~3』など多数

<サンデー毎日 2018年2月25日号より>

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