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岡崎 武志・評『口笛の上手な白雪姫』『西東三鬼全句集』ほか

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今週の新刊

◆『口笛の上手な白雪姫』小川洋子・著(幻冬舎/税別1500円)

 小説という形式は、何をどう書いてもいい。規制のない自由な幅の中で、それぞれの作家が、つねに新しい試みに挑戦する。小川洋子の短編集『口笛の上手な白雪姫』など、まさにそうだ。

 表題作は、公衆浴場の裏庭の小屋に住む小母(おば)さんの話。「白雪姫が小人たちと暮らした家」みたい。小母さんは女湯の脱衣場にいて、赤ん坊の世話をする。泣いているのを黙らせる「口笛」が聴こえるのは赤ん坊だけなのだ。

 巻頭の「先回りローバ」は吃音(きつおん)の少年が登場。自分の名前を告げるのが困難で、留守番している時、電話に出られない。そこで、彼は「117(時報)」を聞き続ける。その間、電話が鳴ることはない。そんな彼の前に、彼の言葉のずれを先回りして回収するローバ(老婆)が現れる。

 教訓もオチもない。収録された8編に描かれるのは、どこか頼りなげに生きる人々の姿、その心根の危うさだ。懐かしく淋しいような読後感は、この著者ならでは。

◆『西東三鬼全句集』西東三鬼・著(角川ソフィア文庫/税別1240円)

 この文庫は、ときおり驚くような書目を刊行するので見逃せない。西東三鬼『西東三鬼全句集』も、思わず「あ!」と声が出た。

 三鬼は明治生まれで、昭和前半を生きた異色の俳句詠み。新興俳句の旗手として弾圧を受け、潜伏の後神戸へ。自伝的作品『神戸』『続神戸』がある。終戦後に現代俳句協会を設立するなど、多面的に活躍した。代表句は「水枕ガバリと寒い海がある」。帯にある「大胆かつモダン」の意味が頷ける。

 「昇降機しづかに雷の夜を昇る」は戦時下の緊張と不安を伝える。「おそるべき君等の乳房夏来る」は、戦後の解放感を爽やかなエロチシズムで謳(うた)い上げる。イメージが衝突し合い、どこか危険でありながら美しい。17文字が窮屈に見えない点に、天才を感じる。

 「信じつつ落ちつつ全円海の秋日」と、上下、あるいは落下する句が目につく。全句集と拾遺、自句自解、自筆年譜まで収めて、文庫とはいえ完璧な編集。通覧すれば俳句の概念が変わるだろう。

◆『にっぽんの履歴書』門井慶喜・著(文藝春秋/税別1450円)

 先ごろ、『銀河鉄道の父』で第158回直木賞を受賞したのが門井慶喜(よしのぶ)。『にっぽんの履歴書』で、広く歴史を振り返り、または文学について思索する。たとえば、サッカー日本代表の「サムライブルー」は、日本史の常識に反するともの申す。そこから日本の伝統色「藍」と「紺」へ話題は発展していく。あるいは自分と同じ名の徳川「慶喜」の、大政奉還におけるポジション取りについても独自の考察をする。刀剣、元号、財布の中身、司馬遼太郎の予言、宮沢賢治と関心の幅が広い。

◆『夢みる巨大仏』半田カメラ・著(書肆侃侃房/税別1600円)

 半田カメラは大仏の魅力にハマり、日本中を駆け巡り300近いお姿を撮影。『夢みる巨大仏』は東日本の報告書。札幌では、寝転がる「涅槃(ねはん)大仏」、霊園のラベンダーの丘に頭だけ覗かせる「頭大仏」と異色が光る。宮城県柴田町の「船岡平和観音」が大事そうに抱えるのはハト。台座が、ヘビがとぐろを巻いた「白蛇観音」(群馬県太田市)など、その存在を知らないものが多い。「東京湾観音」(千葉県富津市)は展望窓があり、螺旋階段で胎内を巡る。ちょっと著者の大仏愛が伝染しました。

◆『ひとり空間の都市論』南後由和・著(ちくま新書/税別860円)

 南後由和『ひとり空間の都市論』は、指摘されてなるほどと気づいた。近ごろ日本の都市部では、ひとりカラオケ、コンビニ、インターネットカフェ、カプセルホテルなど、「ひとり空間」が増えている。著者はこれを批判しない。むしろ都市生活のライフスタイルとして、「正常」なあり方と位置づけ、住居やスマホ・SNSなどのメディアのあり方の中で、その意味と存在理由を考察する。「都市は、つねにすでに『ひとり都市』としてある」。その指摘は刺激的で傾聴に値する。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2018年3月11日増大号より>

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