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紙面審ダイジェスト

「響く平和の鐘」に違和感

 紙面審査委員会は、編集編成局から独立した組織で、ベテラン記者5人で構成しています。読者の視点に立ち、ニュースの価値判断の妥当性や記事の正確性、分かりやすさ、見出し、レイアウト、写真の適否、文章表現や用字用語の正確性などを審査します。審査対象は、基本的に東京で発行された最終版を基にしています。指摘する内容は毎週「紙面審査週報」にまとめて社員に公開し、毎週金曜日午後、紙面製作に関わる編集編成局の全部長が集まり約1時間、指摘の内容について議論します。ご紹介するのは、その議論の一部です。

     以下に出てくる「幹事」は、部長会でその週の指摘を担当する紙面審査委員会のメンバーです。「司会」は編集編成局次長です。

    <2月16日>

    ■「響く平和の鐘」に違和感

     幹事 第23回冬期オリンピック平昌大会が9日、開幕した。開会式を伝えた10日朝刊1面の見出しは<響く平和の鐘/開会式/最多92カ国・地域/南北が合同行進>だった。メイン見出しの<響く平和の鐘>にやや首をひねった。「平和」が五輪の理念なのは当然だし、これまでの五輪なら違和感がなかったかもしれない。しかし、今回は北朝鮮の参加で「国際政治」との関係が注目され、南北合同行進や合同チームに批判もある。誰もが手放しで平和の祭典の開幕を祝う空気とは違ったように感じた。この見出しは、情緒的すぎ肯定的すぎたのではないか。

     他紙の1面見出しを見ると、朝日と日経は<平昌五輪 開幕>だけ。読売も<平昌五輪 開幕/南北が合同行進/露は個人参加>と事実だけをうたった。3紙は意図的に情緒的な言葉を避けたと推測した。また、産経と東京のメイン見出しはそれぞれ<冬の祭典開幕 異例の政治色>、<「平和」問いかけ開幕>だった。

     なお、紙面審では、「本紙は本記の隣に<国際政治の影なお>というタイトルのソウル支局長論文も載せており、バランスは取れている」との意見もあった。

     また、前文に「ステージ中央に浮かび上がった韓国の『平和をもたらす鐘』の音が、祭典の始まりを告げた」と、韓国の「平和をもたらす鐘」が唐突に出てきた。「どういうものか説明がほしい」「韓国にはよく知られた『平和をもたらす鐘』があるのか」という声が出た。

     司会 センター。

     情報編成総センター編集部長 最も締め切りの早い版は<伝統の躍動>という見出しだ。その後の議論で、「平和」というキーワードが主見出しにあるべきだということになり、次の版で<響く平和の音色>となり、さらに<響く平和の鐘>となった。当日のクルーに聞くと、「平和」を入れることになったので、こういう形に落ち着いたが、今見直してみると、指摘のようにやや前向きすぎるかなという感じだ。他紙の見出しでは、東京の<「平和」問いかけ開幕>が落ち着きがよかったかなという思いがあるようだ。一方で、五輪の開幕の見出しをどうするかは、(見出しや記事の割り振りなどを行う)整理経験が長ければ必ず考えるところだ。朝日は最近の五輪では、「○○五輪開幕」というのが多く、これで主見出しを取っているが、見出しを付ける側は「歴史を刻みたい」ということで、肩に力を入れて見出しを考えてくるところはあると思う。前回のソチのときの東京紙面は<熱冬 熱闘>という見出しだ。今回こういう五輪が始まる、ということをひと言で見出しに表せないかと必死に考えた上で、出てきた言葉だ。平和というキーワードをうまく取り込むのに難儀したようだ。政治五輪という見出しも提案したようだが、そこまで踏み込んで今回の五輪の特殊性を出すのはどうかとの議論もあり、そこはソウル支局長の論文で政治色を出していったということだ。

     司会 外信部。

     外信部長 個人的には、ぴったりくるのは(東京の)「平和問いかけ」のような感じかと思う。紙面審の中でも議論があったようだが、論文の見出しが硬いので、むしろやや軟らかめの見出しがあった方がよかったかなという気はしている。「響く平和の鐘」は、「万歳、平和だよ」というニュアンスが強く出てしまうので、もう少し検討すべきだったかなとは思う。

     司会 運動部はどうか。

     運動部副部長 開会式の演出家がかわいそうだったなと思った。本来、演出家が伝えたかったのは「平和」だったと思うが、北が軟化してきて、ぐちゃぐちゃになった。全体として、この五輪をどういう位置付けにするかがあいまいになったのが今回の開会式だったかと思う。響く平和の鐘、とやると若干情緒的になったかなと。ただ、平和を見出しに取ったのはよかった。本来開会式で言いたかったことはそこだから。

     司会 前文にある「平和をもたらす鐘」の鐘はどういう意味か。

     社会部副部長 開会式の1面記事は社会部から出している。開会式の演出は直前までわからない。当日の午後6時ごろになって英語でペーパーが配られた。その中に、「上院寺(サンウォンサ)の鐘」という言葉があって、それが鳴って始まるということが書いてあったので、なんだと思って調べた。現地の通訳によると、韓国に伝わる平和をもたらす鐘だということだった。ではどこにあるものかと調べたが、よく分からなかった。それでも「平和」というキーワードを入れようと思い、原稿に入れた。今回指摘を受けたので改めて調べた。オリンピックの文化館というのが平昌にあるが、その外に大会の成功を祈る「平和の鐘」が期間中に設置されている。その鐘は現存する韓国最古の鐘で、国宝にも指定されている「上院寺」というお寺の鐘を模して作ったものだ。この寺が平昌にある。地元の由緒ある寺の鐘を再現して、会場で大会の成功と平和を祈念して浮かび上がらせた、ということだ。

     司会 事前に分かっていれば書けたという話か。

     社会部副部長 上院寺という言葉自体が始まる2時間前ぐらいに初めて出てきたので。当日は言葉の壁に悩まされた形だ。

    ■「総統」の肩書 日本政府の見解は

     幹事 10日朝刊第2社会面に<地震お見舞いを 中国政府が批判/「総統」呼称に反応>という1段見出しの記事が載った。それによると、中国外務省の耿爽(こう・そう)副報道局長は9日の定例記者会見で、安倍晋三首相が台湾の蔡英文総統への地震お見舞いメッセージで「総統」の肩書を使用したことについて「直ちに誤りをただし、中日関係に新たな妨害を作らないよう促す」と批判した。中国当局は台湾の総統について「台湾当局の指導者」と呼び、大統領を意味する総統とは認めていないという。中国側から見れば当然の反応のように思えた。同時に、この批判に対する日本政府の見解を知りたくなった。これまでも「総統」の肩書を使ってきたのか、それとも今回が異例なのか。異例だとすると、それは何らかの狙いを持った方針変更なのか、単なるミスなのか。

     14日朝刊で、内政面に<地震見舞い文 「総統」を削除/外務省HP>という1段見出しの記事が載った。菅義偉官房長官が13日の記者会見で、外務省ホームページに掲載されているお見舞いメッセージから「蔡英文総統」の宛名を削除したことを明らかにしたという。菅氏は「広く台湾の方々へのメッセージとして掲載することが適当と判断した。抗議を受けて修正したという事実ではない」と説明しているが、上記の疑問は解消しなかった。説明がほしかった。

     司会 政治部。

     政治部副部長 馬英九の時は「総統」を使っていた。今回削除したというのは異例のことだ。なぜ削除したのかについては、近年の日中関係の改善を踏まえた何らかのメッセージだと推測できるが、ただ記者会見では批判を受けたために削除したことは否定しているし、そこはわからないところだ。今後取材していきたい。

     幹事 日本政府として「総統」という言葉を使わなかったわけではないということか。

     政治部副部長 使わなかったわけではない。中国政府が総統を認めないのは異例かというと、そうでなくて、日本政府が結果的に削除したことが異例だ。

     幹事 日本政府はこれまでのお見舞いメッセージでも「総統」という言葉を使っていた、ということを書いておくべきだった。

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