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待ち遠しい

/55 作・柴崎友香 題字・画 赤井稚佳

=画・赤井稚佳

前回までのあらすじ

 春子宅を訪ねてきた沙希は、ゆかりをいじめるな、と言う。五十嵐に会わせようとのゆかりのおせっかいを春子が拒絶して以降、ため息ばかりついているらしい。ゆかりは沙希と拓矢たちを交えた食事会を企画しており、春子も誘われた。


    友人の視点、親戚たち

     天気がいいなあ、と春子がベランダで高い空を見上げていると、インターホンが鳴って直美がやってきた。母屋での食事会にお友達もぜひ、とゆかりは森田一家も呼ぶことを提案したのだった。

     春子は直美を二階に上げて、直美が連休の前半に出かけた静岡で買ってきてくれたお茶を淹(い)れた。明斗(あきと)は、孝太郎が近くの公園へ連れて行っていてあとから来るということだった。

     ここしばらくのあいだにゆかりや沙希とのあいだに起きた顛末(てんまつ)、特に五十嵐を巻き込んでの一件を春子が話すと、

    「意外」

     と、直美は一言つぶやいた。

    「えっ、そうかな。わたしはずっと一人で自分のペースで生活してきたし……」

    「そうじゃなくて、はっきりイヤって言うたんやなって」

     直美は、真顔で春子を見つめていた。

    「春ちゃんは、思っててもあんまり言わへんていうか言われへんていうか。多少のことは愛想笑いで流すタイプやん。だから、やっぱりゆかりさんて話しやすいんちゃう?」

    「そうかな。うん、それは、そうと思う」

     春子は、母屋でゆかりと話したときのことを思い返した。自分でもめずらしいことだとは、そのときも思った。しかし、気づいたら拒否の言葉を口に出していたのだ。

     お茶請けに出したバウムクーヘンを、ちょっと考えるような顔で食べてから、直美は言った。

    「春ちゃんが、恋愛自体に興味なさそうっていうのは、だいぶ前からわかってた。周りに話合わせてたけど、なんか避けてるっていうか、話したくなさそうって思ったことあった」

     春子は、お茶を淹れ直そうと立ち上がりかけていたが、腰を下ろした。

    「そうか。わかってたんや」

    「うん、だいたい。あんまり触れられたくなさそうやなって、思ってたから」

    「ものすごくいやとかじゃないねんで。でもなんか、嘘(うそ)言うてる気がすることがあって……」

    「嘘?」

    「心にもないこと言うてる感じ? 特に若いときはさ、それが話の中心になるやん。女子同士だけやなくて、男子がいても。誰と誰がつきあってるとか別れたとか気があるとかないとか。そういうこと思ってないと、おかしいみたいで。誰のことも好きじゃないって、冷たいのかな、とか」

    「そんなことないよ」

     直美は軽く微笑(ほほえ)んで返したが、ふと神妙な面持ちになった。

    「いや、うん、そう思ってたかも。好きになるのが当然で、好きになったらつきあいたくて、それで結婚したら幸せで、っていうのが当たり前で、いちばんいいことやと思ってたわ。誰でもそうなんやって」

     高校や大学の教室やバイト先や友人同士の飲み会で繰り返された会話を、春子は思い出す。楽しくなかったわけではない。人の、たとえば直美と孝太郎がつきあうかどうかというときは、みんなで盛り上がって、自分のことみたいにうれしかった。ただ、その話が自分に向いたときにどう答えればいいかわからなかっただけだ。

     春子は黙って頷(うなず)き、直美は続けた。

    「それに比べたら同性を好きになるみたいなほうが、まだ想像できたかも。漫画とかドラマでもそういうのはけっこうあったし。でも、興味ないとか好きにならへんっていうのは、盛り上がるお話が作られへんもんね」

     直美は言葉を選びながら話しているようだった。

    「今まで、誰からもそんな話聞いたことないから、やっぱり、恋愛感情を持たへん人はおらへんってことになってるんかも、って思う」

    「わたし自身も、わからんけど。もしかしたら、世の人が言うように、出会ってないだけかもしらへんし、なにかが欠けてるんかもしらんし」

    「どっちでもええんちゃう、と思うけどな」

     春子は、そう言った直美の顔を見た。

    「わたしだって、若いときにそういうもんやって思い込んでたから森田くんとつきあって結婚したんかもしれへんやん? 今はもう、家族っていうか、情が湧いてるっていうか、ほんまにそれが恋愛でどうしてもこの人じゃないとあかんような気持ちやったかどうかなんか、わからへんし。好きは好きやけど、若いときと今と、同じように思ってるわけでもないし、もっと年いったらちゃうように思うかも」

     直美が笑ったので、春子はやっと緊張が解けたと感じた。

    「そうやね。わたしがいちばん、大ごとに思ってたんかも。そういうのがないのは、人としておかしいんや、って」

    「春ちゃんが? そんなん、わたしは春ちゃんのこと普通とかおかしいとか、そういう基準で考えたことないよ」

    「うん」

     開けている窓から、風に乗って話し声が聞こえてきた。母屋では、ゆかりたちが準備を進めているのだろう。

    「そろそろ行く?」

    「せやね、手伝ったほうがよさそう」

     窓から母屋を見ると、縁側のガラス戸も障子も開け放たれ、人影が見えた。

     母屋の玄関に回ると、いつもと違って靴がいくつもあった。

     ゆかりに今日は人手が多すぎるくらいだから手伝わなくていいと遠慮され、春子と直美は縁側に腰掛けて、食卓の準備が整うのを待った。

     ゆかりと、妹の寛子とその夫、京子と大学生になるその娘が台所と居間を行ったり来たりしていた。沙希と拓矢はまだのようだった。いつものテーブルではなく、奥の和室とつなげた空間に座卓が三つ、縦に並べられていた。

     田舎の祖母の家を春子が思い出していたら、直美も似たようなことを思ったらしかった。

    「子供のころはこういう賑(にぎ)やかなん、あったなあ」

    「うちも、前はお正月とかお盆とか親戚で集まったりしてたけど、だんだん減って、おばあちゃんが亡くなってからはもうないなあ」

    「さびしいけど、うちのお母さんは、そういうのなくなってよかったって言うてるわ。長男の嫁やねんけど、四人兄弟の奥さんの中でいちばん年下やからめっちゃ気い遣うし、違う地方の出身で味付けとかも全然合えへんかったから、よう嫌味言われたって。わたしは子供でそんな事情は全然わからなかったから、賑やかで懐かしいなーとか、思うんやろうなあ」

    「そうよー。こうして姉妹三人が中心だと気楽だけど。ねえ」

     と、ちょうど後ろで座卓に皿を並べていたゆかりが話に入ってきた。

    「そうそう。田舎で親戚一同の集まりやと嫁はお手伝いさんみたいなもんやもんね。男は気楽にお酒飲んでたらええけど」

     料理を運んできた寛子が笑うと、その後ろでビール瓶を抱えた夫の政昭が言った。

    「おれは苦手やったなあ。親父(おやじ)とその兄貴があんまり仲良うのうて、親父のことを馬鹿(ばか)にするためにおれのことをいっつもネタにするんや。言われたくない失敗話を何回もされて、みんな笑(わろ)てるし、しゃあないからおれもへらへらしてたけど、親父がおもしろない顔してるんわかってたし」

    「あら、そうやったん。あの京都のおじさんのこと? そんなん、言うてくれたらよかったのに」

    「男は、そういうの言われへんもんや。女同士はすぐ寄り集まってやいやい言うて気が済むみたいやけど」

    「不自由なんやねえ」

     寛子は心から気の毒そうに言った。

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