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チンドン繁盛記

昭和外伝/7 楽士・中沢寅雄の手記(2) クラリネットを独学で /東京

 1930年9月にやっと年季が明けた後、中沢寅雄は「ただ漠然とした気持ちで」憧れていた東京に向かい、国電日暮里駅に降り立った。

     「谷中銀座を左に見て右に二百メートル程の処(ところ)に百軒長屋で熊さん八さんが住む長屋。私はがっかり失望」(中沢手記)。職業安定所に通ったが、「履歴書に川越尋常小学校一年で中退では職員もウン……」。

     本郷田町(現・本郷4丁目)に住む姉夫婦を頼って居候となったが、この姉の夫が「徳井勘次郎、本郷片町鈴本演芸場の支配人となる。寄席の宣伝でチンドン屋を頼んでいたが自分でやるようになり、鈴本の勘ちゃんで鈴勘。方々から宣伝を頼まれチンドン屋が本業になった」。

     元は鈴本の宣伝を、増山当昇というチンドン屋が1人で引き受けていたが、日当が5円(巡査の初任給が月45円)と高額だったため「自分でやっちゃえ」となったらしい。勘次郎は「支配人」ではなく「下足番兼看板書き」だったと、中沢自身が後のインタビューで訂正している。

     江戸弘化年間に大阪で出現し、大道代理宣伝業の元祖といわれる飴勝という人物が手掛けたのがやはり寄席の宣伝だったというから、なるほど江戸と地続きな商売だと頷(うなず)ける。「弟子に鈴成、鈴七、鈴米、鈴八、鈴梅、鈴松、鈴升、鈴兼、鈴千代、鈴板、鈴代、鈴之助、鈴哉の通い弟子」と、13人もの弟子がいるのだから大した繁盛ぶりである。

     「私はビラ撒(ま)きをして、夕方店の二階で居つきになると、小さな音で太鼓の稽古(けいこ)をした。人手のないときは私も兄弟子のあとからチンドンに出た」

     チンドン屋は街頭を練り歩く以外は店前で演奏するもの--というイメージが強いが、昭和30年代までは、店の2階ややぐらの上でにぎやかすのが普通だった(これを彼らは「居付き」と呼ぶ)。この「居付き」の時間が、稽古や、戦後には新しい曲のやりとり、時には隠れて逢引(あいび)きも、の場になった。

     また「開店には御祝儀と馳走(ちそう)はつきもの」。うれしい食事や酒の振る舞いもある。「五十銭あれば風呂に入って帰りに酒場でお酒が二本と牛鍋取って御飯の半分で十分足りた。自由を束縛されないこんな商売めったにないぞ」

     チンドン屋は「いい仕事」だったのだ。

     最初はチンドンをたたいていた中沢だったが、楽士が威張って言うことを聞いてくれないため、自分がやろうとクラリネットを独学。まず覚えたのが「紅屋の娘」という、1929年の流行歌だった。

     当時のスタイルは「桶帽に手甲脚半でジンジンばしょり、白の地下足袋の姿は今は見られない。三味線弾きは鳥追い姿、楽士さんは洋服で背ビラを背負うのをいやがった。三人一組の場合は先頭がチンドン、真ん中に楽士のあとにチンドン。楽士と二人で合奏が出来れば一人前」。

     初めは1人で宣伝していたチンドン屋が、いつから楽士と組むようになったのかははっきりしないが、いろいろな当事者の証言から、少なくともチンドンと三味線の組み合わせが先で、楽士は時々「よそから来る人」といった感覚だったようだ。中沢も、暮れになると日銭で入る高い賃金につられて「サーカスの連中が来た」と言う。サーカスやら映画館やら楽隊やらから、あぶれたり逃げ出したりした楽士が、景気のいいチンドン屋に流れてきたのだろう。チンドンよりも日当が多いのに、なかなか曲を吹いてくれないし、格好を気にしてしょいビラを背負うのも嫌がる楽士を見て、自分はすぐ吹き出す楽士にと思ってなったという中沢のような「チンドン屋の中から」出た楽士は、とても特異な存在だったろう。

     その頃の演奏曲は「野毛」「米洗い」「竹に雀」などの「お囃子(はやし)もの」が多く、それに加えて「紅屋の娘」「赤城の子守唄」などの歌謡曲があった。三味線との合奏から囃子ものがレパートリーになったことは想像がつくが、クラリネットやトランペットの楽士が囃子ものも吹けるのは、映画館の伴奏やサーカスでも和物の曲が多かったからである。ちなみに、戦後パチンコ屋の隆盛と共にチンドンで定番となった「軍艦マーチ」も、サーカスの呼び込みで使われた曲だった。(敬称略)(フリーランスチンドン屋・ライター、大場ひろみ)=毎週金曜日掲載

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