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武田砂鉄の気になるこの人

個人の尊重と自由 ゲスト 映画監督 ヤン・ヨンヒさん(その1)

ライターの武田砂鉄さん(左)と映画監督のヤン ヨンヒさん=東京都千代田区で

負の遺産と対峙する 勇気は痛々しくも切実

 ライター、武田砂鉄さんがホストの対談連載は、今回が最終回。お相手は、自らの家族をドキュメンタリーや劇映画にしてきたヤンヨンヒさんだ。親は朝鮮総連の活動家だった。兄3人が帰還事業=注<1>=で北朝鮮にいる。今月、初小説『朝鮮大学校=注<2>=物語』を出した。【構成・鈴木英生、撮影・中村藍】

 武田 先日の朝鮮総連本部への発砲事件、NHKの速報は、容疑者よりも総連とはどんな組織かの説明に時間を割いていた。あれでは「こんな組織だからこうなる」と思われかねない。

 ヤン 「とにかく暴力はいかん」という毅然(きぜん)とした報道を見かけませんでした。他の先進国では、いくら右傾化しても、教育や報道が「ヘイトクライムは駄目」とはっきり示します。日本には社会全体を覆うべき重しが弱すぎる。

 武田 「差別はよくないが、差別される側にも良くない部分がある」といった「どっちもどっち論」がはびこっています。

 ヤン まず、差別とは何かをちゃんと話せる大人がどれほどいるでしょう。傷つく人がいるなどの感傷的説明ではなく、出自で人をさげすんだり区別したりするのは愚かで許されないと学校で教えるべきです。海外の話や昔話のように人ごと扱いではなく、自分も加害者になり得るという危機感を持って差別の歴史と現状を議論し続けないと、地に足がついた人権意識は育たない。報道、テレビドラマ、映画などでの復習も必要でしょう。私は北朝鮮の体制に異議を唱える作品を作っています。「かぞくのくに」で、主人公が北朝鮮から来た兄の監視役に言う「あなたもあの国も大嫌い」は、コリアンである私が書き、朝鮮人の登場人物が言うセリフだから葛藤が伝わる。己側の負の遺産と対峙(たいじ)する勇気は痛々しくも切実です。

 武田 家族を描くようになった動機は何なのでしょうか?

 ヤン 学生時代は「祖国の悪口は言うな」「組織に従って生きろ」と教えられ、私の言動で北朝鮮の兄たちが罰せられるかもしれないという心配でがんじがらめでした。20代はその呪縛の中で積もり積もった思いを吐き出したかった。でも方法を知らない。そんな時にドキュメンタリー映画に出合い、「これだっ!」と。思想が違うから遠ざけていた親に撮影のため笑顔で近づき、兄たちのいる平壌にもカメラを持って行くように。カメラが私と家族の関係を再構築する仲介役になりました。兄の一人が北朝鮮から一時的に帰っても、その瞬間の感情と別に、出来事を一歩引いてシーンとして考えるようになった。そうして10年かけて、「ディア・ピョンヤン」などができた。

 武田 今回の小説の主題を個の尊重と自由だと感じました。

 ヤン ようやく、私がずっと描きたかったのは、「同調圧力の中でどこまで『個』でいられるか」だと分かりました。家では父が絶対で、朝鮮学校では「国は人の体と同じ。指導者が頭脳」と習った。末端の細胞は指導者に従わなければならない。昔の日本の天皇崇拝と似ています。組織や国家を名乗る他人が人生の細部に口を出す。誰にでも、会社の命令だから、親や夫が言うから、みたいな経験ならば、程度は違ってもあるはず。

 武田 朝鮮大学校の寮で日本の新聞を購読できるとは、その自由度に驚きました。

 ヤン 読んでいる本を「資本主義文化」だと批判されたりはしました。けど、学生は高校時代までは日本のアイドルを追っかけたような普通の子です。先生はみんないい人ですし。朝鮮総連の人は、基本的に真面目でいい人。どの社会でも、善良な人がルールを守って生きている。でも、善良な市民こそ結果的には独裁を支えてしまう。

 武田 隣接する武蔵野美大の学生との付き合いも事実?

 ヤン いや残念ながら。恋愛は私の妄想です。高校時代から、すれ違う日本の学生と恋が生まれたら?と想像していました。

 武田 何も知らない人に説明をするのは疲弊しませんか。

 ヤン でも、「かぞくのくに」を(北朝鮮に住む主人公の兄を演じる)井浦新さんのファンが見て、在日について興味を持ち出すって面白い。映画で「ナチスはユダヤ人を虐殺した」とはわざわざ説明しないですよね。常識だから。一方で、近年の作品では「ドイツ兵にもいい人はいた」と描いても国民感情を逆なでしない。政治家が歴史問題の後処理を怠らず、多くの小説や映画で語り続けられてきたからです。芸術が、プロパガンダや国威発揚に利用されず、いろいろな「個」の価値観や生き様を表現してこそ成熟した文化だと思います。在日の歴史や帰還事業の話も、もっと多くの作品が出れば、段々と社会の底に理解の層が積み重なる。「こんな話もありまっせー」と、できるだけ長く残る作品をつくりたいですね。

 武田 他方、スリーパーセル=注<3>=のような味付けの濃い話が受けます。


 ■人物略歴

ヤン・ヨンヒ

 1964年大阪市生まれ。朝鮮大学校卒。米ニュースクール大大学院修士課程修了。自身の家族についてのドキュメンタリー「ディア・ピョンヤン」「愛しきソナ」、劇映画「かぞくのくに」。

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