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走り続けて

恩師の教訓「VW」胸に 臨床応用目指しまい進=山中伸弥

山中伸弥氏

 25年ほど前、米国のグラッドストーン研究所(カリフォルニア州)に博士研究員として留学中のことです。当時所長だったロバート・マーレー先生が、私たち若い研究者を集め、こう言いました。

     「研究者として成功するための秘訣(ひけつ)はVWだ」

     私は父親を亡くしてすぐに留学したこともあり、マーレー先生は「米国のお父さん」のような存在です。マーレー先生は、当時も今もドイツ車に乗っていますので、VWはフォルクスワーゲンにかけたのかもしれません。もちろんこの場合は違います。「ビジョン・アンド・ワークハード(Vision and Work hard、目標を持って懸命に仕事する)」の頭文字です。「VW」は、四半世紀たった今も私のモットーとなっています。

     当時の私は、まさにワークハードしていました。同じ時間で他の人の2倍、いや3倍の実験ができないかを考えていました。整形外科の臨床医を辞め、小さい子ども2人を連れての留学。妻も自分の仕事を犠牲にしてついてきてくれていました。「ここで一旗揚げないと日本には帰れない。良い論文を書き、研究費をもらい、そして良い職に就かなければならない」。そんな気持ちで必死でした。

     しかし、マーレー先生から「VW」を聞いたとき、論文や研究費やポストは「ビジョン」ではないと気づきました。自分は何のために研究者になったのか? 自分に問い直して思い出しました。父親が亡くなった時の無念さや、多くの患者さんに何もしてあげることができなかった無力感。自分が研究者を目指した理由を、ようやく思い出したのです。

     今は治すことのできない患者さんを、私が研究することによって薬や治療法の開発に貢献し、将来は治せるようにしたい。臨床医は日々、一人一人の患者さんの治療をしますが、私は20年もしくは30年後に、何千人、何万人という患者さんの治療に貢献したい。それが私のビジョンだということを、マーレー先生のおかげで思い出すことができました。

     2006年にiPS細胞という技術に出合い、私のビジョンはより具体的になりました。「iPS細胞を一日も早く患者さんに届ける」。これが私、そして京都大iPS細胞研究所のビジョンです。

     所長という仕事をしていると、いろいろな決断を迫られます。右に進むか、左に進むか、判断に苦しみます。そんな時に「VW」の教えが役立ちます。「iPS細胞を使った治療を患者さんに届ける」というビジョンのために何を選べばよいかを考えると、おのずと進むべき道が見えるのです。

     iPS細胞の臨床応用まで、まだまだ長い道のりです。これからもたくさんの困難が待ち受けていると思います。それでも私たちのビジョンを成し遂げるべく、これからもワークハードを続けていきたいと思います。最後に、1年間の連載を読んでいただきましたことに心からお礼申し上げます。これからも研究の進展を見守っていただけましたら幸いです。(京都大iPS細胞研究所所長、題字は書家・石飛博光氏)=おわり


     ■人物略歴

    やまなか・しんや

     1962年大阪府生まれ。87年神戸大卒。大阪市立大、米グラッドストーン研究所、奈良先端科学技術大学院大などを経て2004年に京都大教授、10年から現職。12年にノーベル医学生理学賞を受賞。

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