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ルーツを訪ねて

サッカーW杯日本代表候補/1 光った技術、成長力 MF長谷部の恩師、服部康雄さん(61)

服部さん

 サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会が6月14日に開幕する。6大会連続6度目の出場となる日本代表の中核として活躍が期待される選手たちは、いかにサッカーと向き合い、世界の舞台へ飛躍していったのか。原石としての輝き、ライバルとの苦闘、そして成長の軌跡を、少年時代の恩師に尋ねた。

     「全然大した選手じゃなかった。今は立派になったけれど」。日本代表主将のMF長谷部誠(34)=アイントラハト・フランクフルト=を静岡・藤枝東高で指導した服部康雄さん(61)は、率直な思いを口にする。

     入学当初は同学年の約20人中、4、5番手という評価だった。当時の長谷部はドリブルで強引に前へ攻めることを好み、「目立ちたがりで、勝ち気だった」と服部さん。労を惜しまず相手からボールを奪い、冷静に攻撃を組み立てる現在のイメージとは異なる。

     ただ、ボールを止めて蹴る基本技術には光るものがあった。2年生の冬に試合に出始めるとJ1浦和のスカウトが注目しだした。服部さんがプロからの評価を長谷部に伝えたのは3年になる2001年春のことだ。藤枝東高は県内有数の進学校で長谷部も大学進学が念頭にあったが、「そこからモチベーションが変わったのかもしれない」。

     同年8月、長谷部は県高校選抜の一員として、1学年下の選手が中心のU18(18歳以下)日本代表と対戦した。「両チームの中で長谷部が一番良かった」と見た服部さんは、U18日本代表を率いる田嶋幸三監督(現日本サッカー協会会長)に代表へ加えるよう訴えた。「年代別の代表に20~30人は送り込んできたが、そんなことをしたのは後にも先にも長谷部だけ」。結果的にメンバー入りはならなかったが、それだけ右肩上がりに成長した姿が強く印象に残っている。

     長谷部は卒業後に浦和に入り、08年にドイツへ移籍。3チームを渡り歩き、今年2月にドイツ1部リーグ通算250試合出場を達成した。W杯ロシア大会に出場すれば、日本代表では初めて3大会連続で主将を務めることになる。「チームが変わっても監督が代わっても試合に出続けてきたことがすごい。このまま行けるところまで行ってほしい」。柔軟にスタイルを変えながら地位を確立してきた教え子の行く末を思いやる。【大谷津統一】=つづく

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