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岡崎 武志・評『小屋を燃す』『極小農園日記』ほか

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今週の新刊

◆『小屋を燃す』南木佳士・著(文藝春秋/税別1500円)

 南木佳士(なぎけいし)は長らく長野県佐久の病院に内科医として勤務し、その傍ら小説を書き、「ダイヤモンドダスト」で1989年に芥川賞を受賞した。『小屋を燃す』は、過去、現在の生活を4編に描く。

 がんの末期患者を看取(みと)りながら創作を続ける日々に、パニック障害からウツになったことが、「畔を歩く」で明かされる。幼い頃、母を失い、老祖母に育てられた。内戦が続くカンボジアの医療団に参加したことも。著者の周辺は「死」で満ちている。

 引退後、地元の同世代の男たちとつるみ、釣ったイワナを焼いて食べ、外で焼酎を酌み交わす。北アルプスを望む畑に、仲間の手を借りて廃材で小屋を建てた(「小屋を造る」)。6年後、その小屋を壊し、燃やすのが表題作。

 方言交じりの気取りのない会話。解体した小屋を燃やしながら、雪中で野趣あふれるうどんを煮て食う。「生きてりゃあね」と呟(つぶや)く乙さん。自然と人の共生は不思議な明るさに満ちている。

◆『極小農園日記』荻原浩・著(毎日新聞出版/税別1500円)

 荻原浩は『明日の記憶』で山本周五郎賞、『海の見える理髪店』で直木賞を受賞した人気作家。知らなかったが、小説を書く一方で庭に2畳分ほどの畑を作り、さまざまな野菜を育てていた。

 『極小農園日記』は「永遠の初心者」と言いつつ、汗かき、精出し、季節ごとに種まき、収穫の日までを綴(つづ)ったエッセー集。小学生の頃にジャガイモを植えて、農作の悦(よろこ)びを知った少年は、土の匂いが忘れられなかった。

 育てるものは、トマト、キュウリ、ナス、ダイコン、ソラマメと本格的だ。「カブが大変なことになっている」というのは「株」ではなく、壊滅状態にある野菜の話。苦労も心配もユーモラスに語られ、いや、けっこう楽しそう。

 農園以外にも、小説、青春、旅などについても軽快に語られている。頭脳警察のファンだったとは、話せるじゃないですか。採れたてのキュウリに味噌(みそ)をつけ、ビールで「ぷはっ」という件(くだり)には、思わず唾を飲んだ。

◆『本のエンドロール』安藤祐介・著(講談社/税別1650円)

 書店員、編集者、作家を扱った作品は山ほどあるが、安藤祐介の新作長編『本のエンドロール』は印刷会社の業態をリアルに綴った異色小説。中堅印刷会社の営業・浦本は、作家や編集者と工場で働く者たちの間を取り持つ役回り。印刷現場を知らない出版社側は、ときに無理難題を押しつけてくる。すさまじい葛藤の中で、格闘する浦本の姿を通じて、組み版、印刷、製本、搬入の過程が、こと細かに描写されていく。一冊の本ができるまで、どれだけの苦労があるか。本書で初めて知った。

◆『動く標的』ロス・マクドナルド/著(創元推理文庫/税別1000円)

 ロス・マクドナルド『動く標的』(1949)といえば、探偵リュー・アーチャー初登場の作である。村上春樹もロス・マクのファン。同作はポール・ニューマン主演で映画化。このたび、ハードボイルドの名訳者・田口俊樹の手で新訳された。富豪夫人から失踪した夫を捜してほしいと依頼を受け、動き出したアーチャー。誘拐かと思われたが、怪しげな者たちの出現、連続する殺人事件に、探偵は翻弄(ほんろう)される。清新な訳により、探偵に新たな命が通う。とくに会話の上手さはバツグン。

◆『間違う力』高野秀行・著(角川新書/税別800円)

 『間違う力』の著者・高野秀行は変な人である。人の行かない所(辺境、危険地帯)へ行き、幻の獣を追い、カンボジアではタランチュラを食べている。この破天荒なノンフィクション作家が、50年余のはみだし人生から、教訓をまとめたのがこの本。「他人のやらないことは無意味でもやる」「怪しい人にはついていく」「ラクをするためには努力を惜しまない」等々、それだけ聞くとひるむが、すべて実地の経験から得ているのがすごい。人それぞれ、間違う人生だってあっていい。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2018年4月22日増大号より>

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