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熊本地震2年

いつも心にいる 脳炎闘病の妹、本震の日に関連死

 熊本地震で2度目の最大震度7を観測した本震から16日で2年となった。高群喜由子さん(70)=熊本市東区=の妹、松永美喜子さん(当時60歳)は本震後間もなく入院先の病院で亡くなり、震災関連死に認定された。脳の病気のため入院していた美喜子さんの看病を続けたが、本震時は一緒ではなかった。「怖かったに違いない。そばにいてあげられなくてごめんね」。最愛の妹への思いが涙とともにあふれ出た。

     高群さんは4人姉妹の次女、美喜子さんは八つ下の三女。子供のころ、保育園に迎えに行った時に駆け寄ってきた幼い日の美喜子さんの笑顔は脳裏に焼き付いている。しっかり者で看護助手に。熊本市内の病院に勤務しながら、自分の子供の面倒も見てくれた。2008年に4姉妹で京都旅行に出かけたことが一番の思い出だ。

     美喜子さんを病魔が襲ったのは地震の1年前。病原体から体を守る免疫細胞が自分の脳を傷つける「自己免疫性脳炎」を発症した。記憶障害や全身のけいれんが起こることも。死の危険性もある。

     体を動かせなくなって熊本市内の病院に入院。高群さんは連日、美喜子さんを見舞った。美喜子さんは話すことも難しくなったが「またみんなで旅行に行こう」と励まし続けた。

     16年4月14日の前震。入院先のエレベーターが動かなくなり、高群さんは7階の美喜子さんの病室に行くことができなかった。病院職員に無事を確認して安心したが、2日後の未明に再び激しい揺れが。美喜子さんは体調を崩し、その日のうちに亡くなった。死因は肺炎だった。

     「あの激しい揺れの中で動くこともできなかった。美喜子はどんなに怖かったろう」。そう考えると、高群さんは胸が押しつぶされそうになる。

     昨年2月、美喜子さんは震災関連死に認定された。美喜子さんの仏壇は双子の妹、四女の松永由喜子さん(62)=熊本市西区=の自宅にある。由喜子さんが小さなころ、いじめられた時に助けてくれたのが美喜子さんだった。仏壇には「きょうも無事に過ごせたよ」と毎日報告している。「いなくなっても、いつも自分の心の中に姉がいる」と話した。【中里顕】

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