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そこが聞きたい

真の「国際人」とは 安田学園理事長・安田弘氏

現地でしか育たぬ視点

 「国際的」を意味する言葉として「グローバル」が使われ出して四半世紀が過ぎた。ほぼ全ての大学が「グローバル教育」を掲げ、多くの企業が「グローバル人材」を求めている。安田財閥創始者・善次郎のひ孫で、多国籍企業でのビジネス経験を経て安田学園(東京都墨田区)理事長を務める安田弘氏(85)に「国際人とは何か」を聞いた。【聞き手・上杉恵子、写真・太田康男】

    --教育や経済のグローバル化が叫ばれ始めて、四半世紀になります。

     いつの間にか「インターナショナル」という言葉を耳にする機会が減り、「グローバル」と言われるようになりました。グローバル化、グローバル人材育成と言いますが、地球規模(グローバル)にネットワークを広げられるほど、日本人は国際化したのでしょうか。インターナショナル(国と国との交流)にもまだ対応できていないのでは、と感じます。

     教育面では、国を挙げて小学校から英語を取り入れ、高校、大学での留学を推進しています。しかし、経済協力開発機構(OECD)加盟国を対象とした教育調査=1=などによると、海外に留学する日本人は減少傾向が続いています。中国をはじめ主要国やアジア新興国の多くが右肩上がりなのに対し、日本は内向きになっているのです。まず一つ一つの国に触れ、現地の空気、コミュニティーを肌で感じるところから始める段階です。

     ビジネスにおいても同様です。IMDの世界人材調査=2=では、日本の国際競争力は31位、高い技術力を持つ外国人への魅力度は51位とアジアで最下位で、語学力も59位に沈んでいます。日本からも海外からも、優秀な人材が双方向で行き来する環境には、まだまだ遠いのが現実です。

    --海外渡航自由化前の1956年に、米国へ留学されています。

     母が英国育ちだったり、終戦後に連合国軍総司令部(GHQ)の佐官や将校が自宅に通って来たりと、当時としては外国との接点がある環境で育ちました。安田財閥3代目当主として財閥解体をいち早く決意し、公職追放となった父は「これからは自分の実力で食べていく覚悟をしろ」と、私に言い渡しました。その言葉に背中を押され、大学卒業後、国際ビジネスマンを目指して羽田空港からプロペラ機で旅立ちました。

     待っていたのは、ニューヨークやボストンの想像をはるかに超えるスケールと、物質的な豊かさ、人種差別と敗戦国の痛みです。送金規制のためにお金がなく、一番安上がりだったピザばかり食べては、アルバイトに明け暮れました。

     授業はその頃からディベート(討論)中心で、言葉も話の展開にも手を挙げる素早さにも、何もかもついていけませんでした。しかし、はるばる1人でやって来た外国人をエンカレッジ(激励)する空気がそこにはありました。

     公共の場で露骨な人種差別を受けたり、「日本兵に弟を殺された」という男性からの冷たい視線にさらされたりしたこともあります。そんな人々も、見よう見まねで日本料理を作ってもてなすと、心を許してくれました。芝刈りのアルバイトに行くと、一緒に雇われたのがロックフェラーの息子ということもありました。「おやじは金持ちかもしれないが、自分は違う。稼がないとデートもできない」という言葉に、独立心を養う米国の家庭教育を垣間見ました。

     こうした実体験は今も現地に行かなければ味わえません。当時に比べると留学のハードルは低くなったのに、それを目指さない。日本にいる方が楽なのでしょう。おいしいものもあるし、言葉の問題もない。外へ行ってわざわざ苦労する必要はありません。いい国になったからともいえますが、残念でならない。「若い時からおっくうがるな」と、生徒たちにも言っています。

    --「外への目」が育っていない結果、どんな弊害を感じますか。

     マイノリティーがないがしろにされがちです。少数派の声を聞くことほど、民主主義において大切なことはありません。付和雷同せず、「ちょっと待て。自分はこう思う」と主体的に言える人がいて初めて民主主義は成り立つのです。世界中で民主主義の危機が言われていますが、多様性を許容しない国は、よりマジョリティーに傾きやすい。国際人としても通用しません。

     仕事で海外を飛び回っていた時分、「日本もこうしたら、うちの会社もこうやったら」と移動の機内でさまざまなアイデアを思いつきました。しかし家や会社に帰った途端、自由な発想は不思議と消えてしまう。社会に同化する力に負け、実感を伴わなくなってしまうのです。日本にいて国際人であり続けることはそう簡単ではないと、自分自身も痛感しています。

    --「真の国際人」とはどんな人でしょう。

     思い浮かぶのは、交友のあった白洲次郎さんです。マッカーサー元帥の片腕に「あなたの英語は素晴らしい」と褒められた白洲さんは、「あなたももう少し勉強すれば、私くらいしゃべれるようになる」と応じました。占領下でも堂々と主張し、ユーモアを交えてコミュニケーションを図る。態度やマナーを何とかまねしようと、よく観察しました。一方で、英語が得意でなくても、さまざまな国の人と仲良くなる才能がある人もいます。コミュニケーション力や人間的な魅力は、一朝一夕では身につきません。

     今では白洲さんに引けを取らない人もたくさんいるでしょうが、その増え方があまりにも遅い。これだけ長い間「グローバル人材の育成」を掲げ、英語教育に時間もお金もかけながら、実力も意欲も育っていません。

     一歩外に出れば、中東のようにヒツジの目玉が最大のおもてなし、という国もあります。日本人が得意とする失敗談のような自虐的なネタをユーモアと解さず、不快に受け取る国も少なくありません。日本だけを見ていても、グローバルとひとくくりにしても見えてこない、それぞれの国への理解が国際人には必要なのです。

    聞いて一言

     今年の大型連休中の海外旅行者は、過去最多となる見込みだという。家にいても、スマートフォンがあれば簡単に世界中の情報にアクセスできる。安田氏が留学から帰国して60年後の日本では、誰もが「国際的」な生活を送れるようになった。一方で、外国に行ったことがなく、地元志向の強い学生も多くいる。若者の「外への目」を塞いでいるのは、内向き発想だけでなく貧困だろう。それも踏まえ、苦労を承知の上で若い日に米国へ旅立った安田氏の声に、今こそ耳を傾けたい。


     ■ことば

    1 OECDの教育調査

     「Education at a Glance(図表でみる教育)」。加盟35カ国の教育状況をOECDが毎年調査し発表している。学歴分布や男女別の進学率、教育への公的支出や家計負担、教師の勤務時間や給与など多岐にわたる。2017年調査によると、海外で学ぶ日本人学生は全学生の1%以下(加盟国平均5.9%)。日本の高等教育機関における留学生の割合は3.4%(同5.6%)。

    2 世界人材調査(World Talent Report)

     スイスのビジネススクールIMDの研究機関「IMD世界競争力センター(World Competitiveness Center)」が各国の人材競争力を調査し、ランキングとして発表したもの。人材育成のための投資、人材を定着させる魅力など、有能な人材を確保する要件を、職業訓練の質や生活費、給与、税率などの30項目で評価している。17年は63カ国が調査対象。


     ■人物略歴

    やすだ・ひろし

     1933年東京都生まれ。56年学習院大卒。米国留学後、59年沖電気工業入社。79年ジャーディン・マセソン社の日本法人取締役。同社社長などを経て、91年から安田学園中学校・高校を運営する安田学園の理事長。

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