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伝統の木組み建築が並ぶルーアンの町並み

 今月から、フランス北部のルーアンという町の語学学校に通っています。

     私の名前はハナヨといいます。

     外国人にとっては発音が簡単ではないようで、過去にはホナヨ、ハヤノ、ハナイオなどと迷走させました。日本の銀行窓口で「カヨさま?」と呼び出されたこともあります。

     しかもフランス語といえば、「H(アッシュ)を発音しない」ということが知られています。

     留学前、友人たちに「むこうではアナヨって呼ばれるね」と言われました。なるほどそういうものか、という心構えで行ったのでルーアンの下宿先のご夫妻には「アナと呼んでください」と自己紹介しました。アナなら外国にいっぱいいそうだからです。大ヒットしたディズニー映画「アナと雪の女王」に出てくるのも、この名前でした。

    語学学校1日目

     フランス語のレベルチェックも兼ねて、先生と会話します。お名前は? どこから来たの? お仕事は?というやつです。

     サミラという女の先生でした。

     「わたしはハナヨ・クノです。でも授業ではアナと呼んでください」

     こんなフランス語のフレーズを頭の中で用意しましたが、ごくあっさりと「ハナヨね?。ダコー(フランス語で「了解」)」と言われました。

     なぜか。

     ぴんときた方も、いると思います。

     そう、サミラ先生はモロッコ生まれの移民でした。

     「確かにフランス語にハという音はないけど、私はアラビア語を話すから発音できます。Hの音はアラビア語に特徴的な音。だから、ハナヨって呼びますよ」

     うれしくなりました。

     アナでもハナでもどうとでも呼んでもらっていいのですが、それよりもサミラ先生がアラビア語話者であることに自信を持ってそう話す様子に、なんだフランスってそうなのか、と少しほっとしたのです。

     昨年の大統領選挙でも示されたように、フランスでは移民排斥を訴える極右政党が一定の支持を得ています。そんな社会が醸し出す空気の中で暮らす移民は、自分たちの言葉や文化を明らかにすることにためらいや、やりにくさを感じているに違いない。そんな「ぎすぎすしたフランス」を想像していたのです。

     「うちの娘はアートスクールに通っています。彼女は、日本のマンガと韓国のポップスが大好きなんですよ、ハナヨ」

     フランスで生まれた移民2世にあたる娘さんです。フランスと、東アジアと、モロッコと、それぞれのカルチャーを吸収した10代が、これから一体どんな作品を生み出すのか。想像するだけでワクワクします。

    イエメン人のサマー先生(右から2人目)、クラスメートらとセルフィーを撮影する久野華代記者(右下)

    故郷から遠く離れて

     驚きは午後も続きました。

     午後の授業の受け持ちは、目尻をぐいっと持ち上げた太いアイラインが大きな瞳に映えるサマー先生でした。

     「私はイエメン生まれのフランス人です。イエメンて、知っていますか?」

     アリーというイエメン人の友達がいたという話をしたら、彼女は喜んでくれました。アリーは、外交官を名乗るひょうきんなおじさんでした。

     「ところでいまイエメンは戦争で、大変ですよね」

     私からそう尋ねると、先生は「エーン」と言って泣くしぐさをしてみせました。

     アラビア半島南部に位置するイエメンは2015年から内戦が本格化しました。国連によると、6000人以上の市民が巻き添えになったそうです。この間、コレラやジフテリアなどの感染症も広がり、抵抗力の弱い子供たちが大勢犠牲になりました。深刻な食料危機も伝えられています。

     遠いフランスで、両親ときょうだいが住むイエメンのニュースをどんな気持ちで聞いているのだろう。私より若い彼女の気持ちを想像すると、胸が締め付けられます。

    ようこそ、フランス?

     「移民の先生って、フランス語がなまったりせーへんの?」と日本語がなまっている郷里の家族から尋ねられました。

     授業では、教科書通りの発音や文法がたたき込まれます。

     私が聞く限り2人とも美しいフランス語ですが、それだと説得力がないので語学学校に聞いてみたところ、政府が認める語学教育の課程を修了した先生たちだということです。

     日本に置き換えて「外国人の日本語教師」というと少し奇異な感じがするかもしれません。でもフランスの場合は、フランス語で国につながるならば出自などを問題にしない同化主義が移民政策の基礎にあります。先生たちはそれを象徴しているのだと受け止めました。

     フランスが抱える複雑な社会の、ほんの入り口に立たされたと感じた留学初日のことでした。

     また何か、書いてみたいと思います。


     フランス北部・ノルマンディー地方にあるルーアンという町に、フランス語習得のため今月から留学しています。ルーアンはパリまで列車で1時間半ほどかかります。

     学生の頃は、西アジアや中央アジアに憧れて、イランの言葉を勉強していました。

     「土ぼこり舞い上がる道なき道、上等」「モスク美しい。文字エレガント!」という趣味で、今なら森薫さんのマンガ「乙嫁語り」の世界でしょうか。

     昔、パリへ旅行した時も、最初に訪れたのは5区にある「アラブ世界研究所」。アラブと西欧のイメージが表現された建築で知られています。昼ご飯はモンマルトルのサクレクール寺院のあたりで中東・北アフリカの料理「クスクス」を食べました。

     会社に入ってからは、アジアもヨーロッパもたまに映画や本で空想の旅行に出掛ける程度。いわゆる花の都・パリの洗練されたイメージとはやや距離感ありの場所で生きてきました。「フランスでは当たり前だよ?」とか「え、そんなの今更?」というネタを書いてしまうかもしれませんが、1年生の留学日記と思ってあたたかく見守っていただければありがたいです。【久野華代】


    久野華代記者

    久野華代のプロフィル

     1983年三重県生まれ。東京外国語大学を卒業後、2006年に毎日新聞に入り北海道や東京で記者として働いた。日当たりの良いテーブルか、あたたかい布団で本を読むことが好き。寒い部屋ならルイボス茶をいれる。山菜採りも好き。


    ご意見・ご感想を受け付けています。gaishinbu[アット]mainichi.co.jp へメールでお送りください([アット]は「@」に置き換えてください)。


    久野華代

    1983年三重県生まれ。東京外国語大学を卒業後、2006年に毎日新聞に入り北海道や東京で記者として働いた。日当たりの良いテーブルか、あたたかい布団で本を読むことが好き。寒い部屋ならルイボス茶をいれる。山菜採りも好き。

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