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もう一度食べたい

オゴなます ハレの食卓、島の母の味

「このサイズが食べごろ」と海藻のオゴを手にする松本烝二さん
緑がきれいなオゴなます(右)と湯に通す前のオゴ(左)

 磯の香をまとったあさぎ色の「オゴなます」。かむたびに「コリッ、コリッ」と耳奥に心地よい音が響く。まるで歯ごたえを確認するかのような--そうか、この音なのか。兵庫県養父市の主婦、藤岡弘子さんの耳に残る六十余年も前の食感。忘れられないはずの味と音である。

     藤岡さんから便りをいただいたのは昨年春。ふるさとは瀬戸内海の因島(現広島県尾道市)と書かれた手紙には「私が14歳のとき母は他界しましたが、行事があるたびお膳に並ぶ料理に『オゴなます』がありました。コリコリした歯ごたえが大好きで、作り方まで教わりました。私は79歳になり、あの味に出合うことはもう無理かとあきらめています。もし口にすることができたらうれしいです」とあった。

     私も瀬戸内の島育ちだが、海藻の「オゴ」は採ったことも食べたこともない。「海藻採りなら暑い時期か」と昨年8月、因島に近い佐島(愛媛県上島町)の松本鈴恵さん(69)に電話を入れた。松本さんは6年前、イギス豆腐の取材でお世話になった佐島生活研究グループのリーダーである。聞くとオゴの採取は桜の咲くころ。夏場のものは食べられないと言われ、この4月まで待つこととなった。

     潮汐(ちょうせき)表を調べ、昼間に干潮が来る日を見計らって佐島を訪ねると、松本さんのご主人、烝二さん(78)が「ここ何年、イギスも天草もあまり採れない。アサリもいなくなり、島で貝掘りする人を見なくなった」。烝二さんの案内で四国の山並みを望む砂浜に下り、地元では「オゴウ」と呼ぶオゴを探した。砂地に転がる拳大の石に付着していると教わり、探していると--あった、あった。茶褐色の毛糸ほどの太さ。根元で何本にも枝分かれし、長いもので約30センチ。食べるのにちょうどよい大きさという。

     潮につかっていたものはヌメリがあるが、乾いたものは意外とサラサラとしていた。「子どものころは、あって当たり前のオゴウ。それが今じゃあ、食べられる海藻だと知る人も少ない」と烝二さん。そんな嘆きを背に、船着き場近くの集会所で松本さんたちが料理した「オゴなます」をいただいた。三杯酢だけの味付けだったが「これに焼いたイリコを刻み、ゴマを振りかけると、そりゃあ、おいしいもんになる」とグループ仲間の西公子さん(71)。

     松本さんによると、調理のコツはとにかく洗って砂を落とすこと。茶褐色のオゴは湯に通すと緑色に変わる。なますのほか、みそ汁に入れても風味が増すが「その味を知っているのも60代以上。若い人は食べようともしません」。昭和の時代、春を迎えるたび、島の魚屋さんでも見られた海の幸・オゴ。売る店はいま、島のどこにもない。

     佐島から戻って藤岡さんに電話すると「ちょうど80歳になりました。オゴは島を出てから味わったことはありません。オゴなますは母の味です。あの味を『死ぬ前にもう一度』と願っていたのです。ああ、うれしい。探してくれたんですね」。母の思い出と、ふるさとの香りをのせたオゴは、間もなく藤岡さんの元に届くころである。(明治大学総合政策研究所研究員・津武欣也、写真も)=毎月第4日曜日に掲載

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