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今どきの歴史

『幕末の海軍』神谷大介氏が刊行 蒸気船、明治維新を加速

 今年が明治150年ということで、薩長の重鎮ら新政府の指導者層に光が当たっている。その延長に、「明治日本の精神」を称揚する歴史観がのぞいたりすることもあるが、違和感がある。

     その点、『幕末の海軍 明治維新への航跡』(神谷大介著・吉川弘文館)は、全く違う視点から書かれていて新鮮だ。

     この本の主役は蒸気船である。1853(嘉永6)年、神奈川県三浦半島の浦賀に米ペリー艦隊が来航。初めてやって来た蒸気船は幕末日本を大きく変えた。あまり知られていないと思われる光景を四つ選んで紹介すると--。

     (1)日本沿岸を頻繁に行き交う蒸気船の数々。衝突事故も発生した。

     (2)江戸と大阪を結ぶ定期航路を民間事業者が請け負い、武士階級だけでなく町人も乗船できた。

     (3)浦賀は蒸気船の重要寄港地として「軍港」化が図られた。その際、当地の重要な干鰯(ほしか)場が軍艦作業場として接収されたのに対し、作業場の永続使用に再考を求める住民運動が起こった。

     (4)これも浦賀。1863(文久3)~64(元治元)年、十四代将軍家茂(いえもち)が公武合体路線で海路上洛(じょうらく)する折、行きも帰りも立ち寄り、大漁の様子などを見学して大変な上機嫌だった。

     どれも、斬新な幕末絵図といえないか。

     著者で東海大非常勤講師の神谷氏は「安政6(1859)年に長崎、函館、横浜が開港して以降、諸外国の船も往来するようになり、蒸気船の航行が日常の光景になってきた。家茂が海路で上洛したのも、それだけ蒸気船の航路が安定してきたから」と説明する。

       ■  ■

     この時代の歴史像といえば、ひと昔前までは次のようなものだ。

     頑迷な守旧派の幕府は、欧米先進諸国がアジアに押し寄せてくる新しい時代に対応できず、薩長を軸とした開明勢力が明治維新を実現して国難に対処した……。

     しかし、神谷氏によれば、明治維新史研究で「変革の主体は誰か」との関心が高まり、1980年代以降、「時代遅れの幕府像」が転換された。

     「無為無策でペリーを迎え、弱腰のまま開国路線を進んだのではなかった。その見直しの過程で、幕臣の実務能力が再評価されました」

     新しい幕臣を生んだ象徴的な土地が浦賀だ。浦賀奉行所の役人は対外情勢や外国語、蒸気船の構造や操作法、さらには国際法の知識も身につけていた。夏と秋の異国船来航シーズンに駐在した通訳から学んだそうだ。

     だから、ペリー来航も決して不意打ちをくらったわけではない。ただ、欧米との軍事力の差は大きく、幕府も洋式海軍の創設を迫られる。その実動部隊となったのも、やはり浦賀役人ら実務派の幕臣たちだった。

     ペリー艦隊と最初に接触した浦賀奉行所与力の中島三郎助(さぶろうすけ)など、その典型だろう。蒸気船や国際法の知識で米側を驚かせた三郎助は、日本初の洋式大型帆船「鳳凰(ほうおう)」建造を担ったほか、幕府の長崎海軍伝習所の1期生としてオランダから最新の知識を学び、築地軍艦操練所の教授方も務めた。

     こうして、ペリー来航10年で将軍の海路上洛をはじめ、新しい光景が続々現れたのだ。海防の必要上、幕府は諸藩の大船建造も認めた。いよいよ頻繁に行き交う蒸気船。陸路で2週間かかった江戸-京都間が、海路で順風満帆ならばわずか3日ほどに縮まった。

     影響は甚大。

     「蒸気船が安定的に江戸と京都・大阪間を航行できるようになり、役人や諸藩の藩主も頻繁に往復し、人や情報、物の動きが活発化した。政局が流動化・複雑化して東西の分裂、さらには明治維新を加速化した」というのが神谷氏の分析だ。

       ■  ■

     この本の「陰の主役」と呼びたい中島三郎助。戊辰戦争では幕府軍部隊長として奮戦し、函館・五稜郭近くで2子とともに戦死した。その悲劇性が鮮烈なのは、幕府技術官僚としての活躍と貢献が非常なものだったからだ。【伊藤和史】=次回は5月21日

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